比翼の鳥
「おや〜?ランディじゃありませんか。
私の邸に来るなんて、珍しいですねぇ〜?」
彼が、私の邸を訪れたのは、女王試験の真っ最中でした。
私は書庫の整理をしていて、つい手に取った本を読み耽っていました。
私は本を開いたまま、ふと壁に掛けてある時計に目をやりました。
たしか今日は土の曜日で、女王候補の二人が王立研究院へと行っている時刻。
「あ……すみません、勝手に失礼かとはおもったんですけど、
執事の方が、こちらにいると教えてくれたので…」
いつもの覇気がなく、どこか元気のないランディの表情。
普段はジュリアスから叱られるほどの元気良さを見せている分、
こういった覇気のなさは非常に目立ちます。
私は、読み進めていた本を閉じると、ランディに応接間に行くよう伝え、
ランディは力なく頷いて、ぱたん、と静かに扉を閉じました。
「はてさて…私などが、どれほど彼の力になってあげられるのですかねぇ…」
私は、手にしていた本を書棚に戻しながら、誰にともなく呟きました。
私が応接室に着くと、ランディはソファーから立ち上がりました。
「ああ、いいんですよ〜。そのまま座って下さい」
「すみません、急に押し掛けてしまって。相談したくて来たんですけど、
…なんだかルヴァ様のお邪魔したようだし、俺、もう帰ろうかと…」
「…ランディ、そんな寂しいことを言わないで下さい。私はですね、
そうやってあなたたちが私を頼ってくれることが、とても嬉しいんですよ〜」
「ルヴァ様…………ありがとうございます」
そう言って、ランディは深く頭を下げました。
感謝や謝罪の意を、そうやって素直に言葉にできる、
彼のそんなまっすぐな気性を、私はとても気に入っているのです。
「お茶を淹れましょうね〜」
ランディは、私の出したお茶に口を付けてはテーブルに戻し、
そしてまた口元に持っていく、という動作を繰り返していました。
いつも直情的に言葉をぶつける彼らしからぬ行動の数々に、
何かあったのだろうということは容易く推測できますが、
ランディはなかなか言葉を口にしようとはしませんでした。
私は何を言うでもなく、ただお茶を啜っていました。
「……………あの…」
ランディがようやく重い口を開けたのは、
5杯ほどもお茶をおかわりした頃でしたでしょうか。
「……ルヴァ様は、誰かの……その……女性の顔が、
…頭を離れなくなったことって、ありますか?」
私は6杯目のお茶を湯飲みに注ぎました。
お茶の湯気を顎に当てるようにして、ゆっくりと目を閉じました。
「……ええ、ありますよ」
ランディは、ばっと顔を上げると、机にバンと手をつくようにして、
ソファーから腰を上げました。
「ルヴァ様、俺…!俺、もうどうしたらいいのか…!」
――なるほど。
ランディが何を相談しに私の邸に来たのか、察しが付きました。
「…あ〜、アンジェリークの、ことですか?」
そう言った途端、ランディは、ばばっと顔を赤く染めました。
自分を偽るすべを知らぬ彼らしい反応に、私も笑みをこぼしました。
「俺……彼女の力になってやりたいって、ずっと思ってたんです。
彼女が女王候補として頑張っているから、俺もその手助けをしたいって思ってた。
だけど最近は、苦痛で…辛くて仕方ないんです」
ランディは、床に視線を落とし、うつむいたまま言葉を紡ぎます。
「彼女が育成の依頼に来るたびに、何度『嫌だ』と言いたくなったか…!
こんなにも彼女の力になってやりたいと思うのに、
それが辛いんです、彼女を女王にしたくないんです。
この想いは忘れなきゃと思えば思うほど、失うことに耐えられなくなるんです。
ルヴァ様は、どうやってこんな想いを乗り越えたんですか?
お願いします、教えて下さい!俺、どうしたらいいんでしょう!」
「………ふぅ」
私は茶を飲み干すと、湯飲みをこつんと机に置きました。
「あ〜、ランディ、少し前に、『比翼の鳥』という言葉について
すこし説明したことがありましたね。覚えていますか?」
私の問いかけに、ランディは慌てたように考え込み、
記憶の隅を探るような表情を見せました。
「え…?えっと…た、確か男女の深い愛とか絆を指す言葉だったと…」
「ええ、その通りですよ。では、『比翼の鳥』とはどんな鳥か、わかります?」
ランディは、恥じ入ったように頬を染めて首を横に振りました。
私は、席を立つと、応接室にもおいてある書棚の中から、
一冊の本を取りだし、ぱらぱらとページを捲りました。
目的のページを見つけると、ランディを手招きします。
「ほら…ここの挿し絵を見てごらんなさい。想像上の動物ですけどね、
比翼の鳥とは、目と翼を一つずつしか持たない鳥なんです」
「目と翼が一つしかないって…それじゃ、飛べないんじゃないんですか?」
「ええ、そうですね。ですからこの鳥は、雄は雌を、雌は雄を…
…自分の片割れを見つけて、常に一体となって飛ぶんですよ」
「自分の片割れを…」
「そうです。世界にたった一つの、自分の半身を見つける…、
それが、この言葉の意味なんですよ」
私は、ぱたんと本を閉じました。
「…私はですね、ランディ。
人は、誰もが片翼しか持たない存在なのだと思っています。
そしてあなたも、アンジェリークも、その背に
まだ何の色にも染まっていない、真っ白な翼を持っています。
支えてくれる存在があれば…片翼を担ってくれる存在を見つければこそ、
力強く羽ばたくことも出来るでしょう?」
これを私が知っているのは、ただの『知識』です。
ですが、ランディはそれを、理屈を越えたところで悟っている筈なのです。
そしてそれこそが、なにより大切なことでした。
ランディは、ぎゅっと拳を握りしめ、何かを考え込むように黙り込みました。
私の言わんとしていることを、ランディは察してくれたようでした。
「…ランディ、私を手本にしようと思ってはいけませんよ。
私は、大地に根ざし、地を離れる勇気を持ち得ぬ…そんな人間なのですからね。
風のように軽やかで自由なあなたとは、対極の存在なのですよ」
「…ルヴァ様」
「私の愛は、振り返る愛です。思い出として想い馳せるだけの…過去の愛です。
ですが、あなたにはその想いを昇華し、成就させることが出来るはずです。
――風は、変革の象徴でもあるんですよ、ランディ」
ランディは、決意を秘めた眼差しで、たちあがりました。
「――ありがとうございます、ルヴァ様。俺、信じてみようと思います。
彼女が…俺の『片割れ』なのかもしれないって。
これほどまでに失うのが辛いのは、『半身』だからかもしれないって。
うじうじと悩んでいるのは、俺らしくありませんよね。
言わないでいるよりは、言ってしまった方が、後悔しないと思いますから」
ランディは、訪れた時とは打って変わって晴れ晴れとした表情で、
元気よく私の邸を辞して行きました。
きっと彼はそのままアンジェリークのもとへと向かうのでしょう。
今まさに翼を紡いでいるさなかの、片翼の天使の元へ。
彼にとっての、比翼の鳥の元へ。
私は、ランディを見送ると窓から離れ、机の引き出しをあけました。
そこから木製の小箱を取り出すと、そっとふたを開きます。
そこにあるのは、ひとつの額飾り。
いつも、穏やかな微笑みを浮かべていたあの人。
傍にいることが自然だったあの人。
私にとっての、比翼の鳥は、あなたです。
貴女がいなくなってからは、私の片翼は、閉じられたまま。
その額飾りを手に取ると、そっと唇を寄せました。
「確かめ合うこともできなかったですけれど…、
過ぎ去った想い出と、確かにそこにあった想いに心を馳せる…、
そんな形の愛があっても……いいですよね…?」
fin.
これだけははずせまい、と頑張って書き上げましたランディ様誕生日創作。
何故か地様視点で『それってランディ創作って言えるの?』と突っ込まれつつも(笑)。
以前から、書いてみたかったんです。風様と地様の組み合わせのお話って。
光と闇、炎と水、のように、司る力が対になる組み合わせですから。
ゲーム中でも、風様と地様の親密度初期設定は、低い方ですよね(笑)。
だけど、あまり仲悪いイメージがないのは、あまりに邪気がなさすぎるが故でしょう(笑)
今回のお題は「魂の半身」というつもりだったんですが…お題が大きすぎて空振り。
ルヴァ様の国語講座になってしまったような気が(笑)
こっそり地様のお相手も決めてあったり(笑)描写からわかりますよね?
ちなみにAさんでもRさんでもありませんよ(笑)。