お手玉
ざぁざぁと、やむ気配を見せない雨模様の中、朗々と、そしてゆったりとした声が、広廂に響いている。
勾欄に凭れながら、雨音をかすませる歌声に、ヒノエは聞き入っていた。
「一つとや 一夜明くれば にぎやかで にぎやかで
おかざりたてたる 松かざり 松かざり……」
ぽん、ぽん、と拍子に合わせて、いくつもの小さな布玉が、白く細い手を移り飛んでいく。
一つ所にとどまらず、目まぐるしく居場所を変える。けれど必ずまた元の場所に戻ってくる。
それがなにやら己のようで、飽きることなく、その数え歌を聞いていた。
「二つとや 二葉の松は 色ようて 色ようて
三蓋松は 春日山 春日山」
詞を口に上らせたとき、かすかに表情が揺らいだが、声は滑らかに歌い上げる。
みっつ、よっつ、いつつと歌詞は続いてゆく。
「十とや 歳神様の お飾りは お飾りは
橙 九年母 ほんだわら ほんだわら
十一とや 十一吉日 蔵開き 蔵開き
お蔵を開いて 祝いましょ 祝いましょ
十二とや 十二の神楽を 舞い上げて 舞い上げて
歳神様へ 舞納め 舞納め……」
歌い上げると、布玉を次々と受け止めてあっという間にすべての布玉が袂の上に集まった。
「―――お見事。さすがだね」
歌と遊戯の双方に率直に感嘆し、謝辞を贈る。
「おそまつさま」
彼女も、褒められたことはまんざらでもないのだろう、素直に謝辞を受け取った。
袂の布玉を、つまんだり弾ませたりと、てすさびながら懐かしげに微笑む。
「望美に教わってから、だいぶ経つけれど……忘れないものね」
石ではなく、布に豆をつめて軽い布玉をつくることも、今様に拍子の似た数え歌も、彼女から教わったものだ。
朔の知ってる「いしなご遊び」が彼女の世界では少し違ったやり方になっていると聞いて、好奇心で訊いてから、もう数年の年月を経た。
試行錯誤しながら作った「おてだま」の布玉も、使い込んだこともあり、だいぶ草臥れた。
その年輪のしめすもの。
少し伸びてしまった朔の黒髪や、あの頃より身軽さを失った自分の体躯や、穏やかに思い出せるようになった記憶の欠片。
そして、思い出を共有するうちに、いつしか心に芽吹いて、育ってしまった想い―――
「―――『歳神様へ 舞納め』、か。」
「ヒノエ、殿?」
唐突にぽつりと呟いたヒノエの言葉に、朔は首を傾げる。
その少し幼さの残る仕草に、ヒノエは鮮やかに笑顔を返した。
「朔ちゃんの舞は、さぞや美しいだろうな」
―――きっと、神に奉納するだけなんて、惜しくてたまらないと思うほどに。
神に心を預け、御仏に身を捧げた、黒龍姫。
長いこと、ヒノエが望美のことを想っていたことも知っているだけに、
『俺のために舞って欲しい』と告げても、意味が伝わるかどうかも危うげだ。
(―――まったく、なんでこう俺は分の悪い恋ばかりするのかな。)
ふっ、と自嘲の笑みを一瞬浮かべたヒノエは、
勾欄に凭れさせていた身体を勢いよく跳ね起きさせ、驚いた朔の袂からひとつ布玉を拾い上げる。
「コレ、ひとつだけもらっていくよ、朔ちゃん。じゃあ、また」
言うが早いか布玉を懐に仕舞うとヒノエは勾欄を飛び越える。
朔が呼び止める暇もあらばこそ。
雨の弱まってきた庭院を走りぬけて、あっというまにその姿をくらました。
「―――ヒノエ殿!?
………もう……まったく、来るのも去るのも突然で。こちらの都合はお構いなしね」
そう言って肩を竦めたが、困ったような言葉を言いながらも、それでも、
いつも鳥のように現れる彼の来訪を、また笑って受け入れるであろうことだけは、なんの疑いも持っていなかった。
手元に残った布玉を、ひとつだけぽーんと放り投げ、手のひらにぽす、と収まる様を何とはなしに眺める。
「石なごのたまの落ちくるほどなさに過ぐる月日はかはりやはする―――か。」
その時の流れに押し流されたのは、傷の痛みか、己が心か―――
時の流れは、水に浮かぶ波紋のような揺らぎか、岩をも砕く激流か。
「この雨で、この心の土溜まりも洗い流せればいいのに……」
弱まってきた雨音の響く広廂で、朔はそっと一人ごちる。
名前をつけることをためらってしまう感情を、物憂げにもてあましながら……
拍手お礼創作 ヒノエ×朔 100のお題N0.92「ひとつとや」。
互いの距離感を掴みかねてるじれったい二人、みたいな感じで。