ヒトツノワガママ


「なぁ…いつまで家にいるんだ?お前」
「――花梨が機嫌、直すまで…」
「じゃあ、さっさと謝りに行けよっ!」
「っ!!」
 何も言い返せなくなる。
 そんな彼の様子を見て、一つ溜息をつく乳兄弟。
「んで?どっちが悪いんだ?」
「…さぁ…?」
「わけもわかんないで怒られてんのか!?お前!!」
「そうではない…とは思う」
「ふ〜ん…覚えがないってことか?」
「いや…」
「なんだよ?」
「…なんでもない」
「無理させてるんじゃねぇの?」
「…なにを?」
「そりゃ、夜の営み」

 ばこっ!

 一つ、いい音がそこに響く。

「いってぇぇ!!」
「俺は機嫌が悪いんだ。くだらないこと言うな」
「お前が勝手にオレの家に来て、愚痴言ってるんじゃねぇか!?
 家に居づらいからって5日も居やがって…っ!」
「仕方がないだろう。ここしか思いつかなかった」
「まったく…京が平和になる前だったらこんなことできなかったのにな。
 これも花梨のおかげじゃん!そんなすげぇ女怒らせて、何やってんだよ、勝真」
「本当に…何をやっているんだろうな…」
「おいおい。そんな辛気臭い顔すんなよ。
 なんか思い当たる節、本当に何もないのか?
 花梨、なんていってお前に切れてるんだ?」
「さぁ…なんだったか…」
 遠い目をして、彼方を見つめた。
 こんな目をするときの乳兄弟は、決まって謝罪の心をもっている時。
 原因もわかっているのだろう。けれど素直に謝りにいけない…彼の性格。
 その原因はきっと、彼だけが悪いというわけでは、ないんじゃないか…。
 イサトはそっと心の中で思っていた。


 ――俺を…信じろよ、花梨――


「覚えてないのかよ!?」
「たいしたことじゃなかったんだろ?きっと、俺の何かしらをあいつが気に入らなかった。
 良くある話だ」
「良くある話ですますなよ!!だっていつもは、ケンカしてもすぐ仲直りするじゃん!
 今回は五日間もここにいるんだぞ!!」
「そう、叫ばないでくれ。頭に響く…」
 イサトは勝真が頭を抑える行為を見た。
「???
 頭痛でもすんのか?」
「ああ。なんだか身体がだるい」
「…溜まってんだろ…」

 ばこっ!!

 先ほどより、どこか勢いのあるいい音がする。

「いって!!」
「バカなことは言うなと、言っているだろう!!」
 自分で大きな声を出すのもだるそうに、言ってすぐ後頭を抑える。
「いつもできてることを、五日間もできなかったら溜まるのかなって思っただけだよ」
「まぁ、お前にはわからないだろうな」
「うっせぇ!!」
 と言い返し一瞬止まる。

「…その言い方、やっぱり溜まって――」

 刹那。
 勝真は自分のすぐ横に置いてある弓を手にし、その矢に指をかける。
「一度、三途の川でも見てくるか…?」
 同時に静かな声も響き渡った。
「遠慮しておく…」
 冗談だということがわかっていても、今の表情はかなり凍っていた。
 やばいと身体が感知したのだろう。イサトはすーっと何歩か下がる。


 しばらくして――勝真が弓を置いて――から、イサトが口を開いた。
「オレさ、思うんだよ。花梨のこと一番幸せにできるのって、お前しかいないじゃん」
「…ああ…」

 髪を書き上げる仕草一つ。なんとも気だるそうだ。

「お前の横にいるときの花梨が、一番いい顔してるんだ」
「…だろうな」

 うなづきながら、溜息をつく。

「一番――光ってる。輝いてる」
「…当たり前だ」

 ふらっと、勝真が身体のバランスを崩す。今にも前に倒れそうだ。

「だから、花梨のとなりにいてくれよ」
「頼まれなくても…その…――つも………り」
「勝真っっ!!??」


 音を立てて倒れた勝真に、イサトは急いで駆け寄った。
 勝真と少し距離をおいていたためか、倒れる彼を支えることは叶わなかった。




「昨日…どこに行っていたんですか…?」
 上目遣いに恐る恐る尋ねてくる花梨を安心させる為、笑顔を作ってその頭にポンっと触れる。
 大したようじゃない。会いにいけなくて、悪かったな。俺はそう漏らした。
「教えて…くれないんですか…?」
 言いたくなかったんだ。
 これを言ったら、お前は笑ってくれるだろうけど、その笑顔が曇ってしまうと思って。
 そうでなくてもわからないことばかりで、大変な思いをしているお前に、負担を増やしたくなかった。
 突然貴族の姫になれといわれても、無理な話。
 そんなことどうでも良かった。お前がお前でいてくれれば、良かったんだ。
 だからこそ…くだらない貴族社会の「約束事」なんて、教えたくない。
 知らなくていい。
 知ってしまったら――お前を壊してしまうと思った。
「…夜なのに、用事なんて…あるんですか…?」
 問いは止まらない。
「前もって伝えて置けばよかったな。急で悪かった」
「教えてもらえないほど…大変なことなんですか…?」
 これは言うまで梃子でも動かないだろう。
「私でも――…教えてもらえないんですか…?」
 とうとう泣き出した。
 頭を抱え、どうにかしようと悩んでいたところに、一人の女房が来る。
 間が悪い話だ。その時来た女房がまだ、唄なら良かったものを…。
 よりにもよって花梨のことをよく思っていない――あいつだったとは。
「勝真様。昨晩通われた姫君より、文が」
 遠慮ってモノを知らないようで、何一つ隠すことなく、俺に文を届けたんだったな。
 まあ、そいつが悪いわけではないが…。
「――勝真…さん…っ!?」
「花梨…」
 その場から逃げるように花梨が立ち去る。
 全力で走っていったのだろう。
「花梨っっ!!」
「まぁ、なんてお行儀の悪いこと。あれでも勝真様の正妻だというのに、走られるなんて…」
 くだらないことを漏らす女房を睨みつけ、一言。
「――返事はしなくていい。文は捨てておけ」
「勝真様っ!?」
 それ以上女房の声は聞こえなかった。俺は必死で花梨を追い、その部屋の前まで来る。
 だが。
「勝真様、ここから先はお通しできません」
「…唄…」
「だめです」
「泣いていたか?」
「はい」
「あってくれる可能性は…?」
「ないですね」
「わかった…」

 伝えておいてくれ。
 ――頭が冷えるまで、しばらくここには来ない――と。






 目を開けると、そこにぼんやりと浮かんだものをまず疑った。
 ありえない話だった。しかし――何より嬉しい――
「…花梨…」
「大丈夫…ですか?」
 その手を延ばし、彼女の頬に触れ、その暖かさを実感する。
 夢じゃない。
「イサトくんに聞いて…心配で…」
 花梨は触れている勝真の手に、そっと自分の手を重ねる。
「驚きました。突然倒れたなんて聞いて」
「そうか…」
「過労と睡眠不足だそうです。ちゃんと食べてましたか?寝てましたか?」
「いいや…何も口にしてない。水だけ飲んでいた。あまり寝れなかった」
「どうしてっ?」
「…考えていたら…そんなことどうでも良くなった」
「勝真さん…」

 刹那。
 ぐっと花梨の身体を抱き寄せ、座っていたはずの彼女の身体が勝真に覆いかぶさるようになる。
「勝真さんっ!?」
「――あの日、出かけたわけは…」
「あ、もういいです!」
 聞きたくないと言うように、首を何度も振る。
「子供みたいな真似してごめんなさい。なんかわがままみたいに、たくさん訊いて…。
 もう、あんなこと言いま――」
 その唇がふさがれる。あまり甘い感覚とはいえない口付けだった。
 本当に、ただ言葉を止めるだけのもの。
「そうじゃない。ちがう…。その逆だ。
 もっと、お前はわがまま言うべきだ。俺がそれを叶えるべきなんだ。
 我慢しすぎなんだよ…。いや、させすぎている。
 あの行動は、お前が正しい…。悪かった」
「……」
「今回倒れたのは、きっとお前に我慢させすぎた俺への罰だな」
「……」
「一つ、言っていいか?」
「――なんですか?」
 一息つき、真剣な眼差しで見つめる。


「俺を信じてくれ」


 意外な言葉だったのだろうか。目を丸くすることしかできない花梨。
「お前が何を思ってあのとき泣いたのか、大体予想がつく。多分それは間違っている。
 俺にはお前しかいない。お前が全てだ。他のものなんか、目に入らない。
 だから…俺を信じてくれ」
「…じゃあ…あの夜は…」
「何もしていない。上辺だけの付き合いだ。向こうはどうだか知らないが、俺はお前以外に何もいらない。
 だから、手なんて出すはずないだろう」
「あの…え…っと」
「誤解は、解いてもらえたか?」
 どこか意地悪な笑みを浮かべる。花梨のよく知った、勝真のいつもの表情。
「はい」
「そうか…それはよかった」

 言い終わった瞬間。

「!!??」
 花梨は自分の体制がほぼ「逆」になっていることに気がついた。
「さすがに…六日間のお預けはきつい…」
 そういいながら、その手をそっと花梨の髪に絡ませる。
「ちょっっ…!!勝真さん!ここ、人の家ですよ!!」
「イサトのことだ、きっと人は払っているだろう」
 額に一つ、甘い感覚が落とされる。
「でも…っ!」
「他に何か、心配なことはあるか?」
 優しい笑顔を投げられて、花梨は言葉を詰まらせてしまう。
 そして、答えは…
「ない…です」
 すると、先ほどよりもさらに嬉しそうに笑みを浮かべる。
「俺のこと忘れてるかもしれないからな。しっかり…思い出させてやるよ」
「か…勝真さん!」
「はははは…冗談だ」



「あら、イサト兄上。勝真様の御様態はいかかですか?」
「…もう、全然大丈夫みてぇだ。オレの寝る場所とられちまった…」
「ふふふ…勝真様らしい」
 笑顔を見えている目の前の唄に、笑い事じゃねぇよと悪態一つ。
 そんな彼女の先に、一つの影が見えたことに気がつく。
「千歳?」
「こんばんわ、イサト。兄上は大丈夫だったかしら?」
「ああ。今晩は二人と帰らねぇよ」
「あらまあ…」
 千歳もそろって笑顔を見せる。
「ではイサト、こちらに泊まっていったらどうかしら?」
「え…?」
 一瞬、目を丸くして、すぐさまその顔を赤く染めるイサト。
「兄上の部屋が、空いてます」
「…ちぇ…手厳しいぜ」
「見張りもいますからね♪」
「唄まで…」
 女性二人の笑い声が、しばらくその場に響いたようだ。



 空には満天の星。
 恋人達に捧げる――ささやかな贈りもの。