人ならぬもの
「…………あ………」
アクアとユニシスが、アロランディアを離れてから3年。
久々の帰郷を、出迎えた懐かしい人々が見守るなか、
港に降り立ったアクアの第一声がそれだった。
アクアの視線は、ある男に注がれていた。
彼も少し驚いた表情を見せたが、それはすぐに柔らかい笑みに変わる。
「……ひさしぶり、と言うべきなのかな、これは。
……おかえり、アクア」
「……そうね。元気そうで嬉しいわ。……ただいま…………お兄ちゃん」
いささか長い沈黙のあとに呼ばれた『お兄ちゃん』という呼称に、
唖然とした周囲のメンツを横目に、本人達は独特の世界を作り出して見つめ合っていた。
「――そうか、それは良かったの。記憶喪失の者同士、兄妹であったとはな。
アクア殿、おぬし一気に家族が増えたのぅ。……マリン殿、おぬしもな」
唖然とした面子の中、最初にそう祝いを述べたのは、葵であった。
その言葉にぱちくりと目を瞬かせて、アクアは男を見かえす。
その視線には答えず、男はただ笑っている。
「ゆえなく別れ別れになるは不幸なことじゃが、出逢えたことは重畳じゃ。
家族がいなければ出逢うまで。故郷がなければつくるまで、じゃな。
私も見習わねばなるまいて。うむ」
「アクアさん、今夜は私たちのところに泊まりませんか?」
きらきらと目を輝かせて嬉しそうにそう持ちかけたのは、マリンだった。
「ご兄妹だというなら、つもる話もありますよね!どうぞご遠慮なく!
どのみち帰還パーティーで私たちのところにいらっしゃるんですし!
ねぇ、ブルーさん?」
私たち?とクエスチョンマークをとばしたアクアの視線の先に、光るものがあった。
力説するマリンと、その傍らで笑っているブルーと呼ばれた男の左手には、
薬指にシンプルな指輪がはまっている。
アクアは葵の言った「一気に増えた家族」が何を指しているのか、ようやく理解した。
「……ふーん……意外と手がはやかったのね、お兄ちゃん」
ほんの少しじと目で言ったアクアの言葉に、その場の一同から笑い声が湧きあがった。
「お帰りなさいっ、アクアさんっ!ユニシスさんっ!」
「うむ、おかえりじゃ」
「……お帰りなさい」
アロランディアの片隅に構えたマリンの住まいで、
マリンお手製のご馳走を囲んで、二人の帰郷を祝う言葉がとびかう。
お酒を開ける音が響き、料理を取り分ける賑わいが続き、
パーティーは一気に華やぎを見せる。
年月は過ぎ去っても、あの頃と変わらない人々が自分たちの帰りを祝ってくれる。
それが嬉しくて、ユニシスとアクアは、こっそり瞼の裏を潤ませた。
「――にしても、お前に兄貴がいたなんて初耳」
「そうね、わたしも初言い」
グラスを傾けながら零された憮然としたユニシスの言葉に、
アクアは料理を着々と平らげながら怪しげな造語で答える。
「――ま、嘘だとは思ってないけどな。あの男、お前に似たとこあるしさ」
「そう?」
「うん。顔かたちってんじゃなくて……うまく言えないけど、雰囲気みたいなものが」
アンヘル種族であるユニシスは、目に見えぬものを感じる能力が常人よりも鋭い。
彼とアクアに漂う独特なものがなんなのか、無意識に感じ取っているようだった。
ユニシスはもう一度ブルーに視線を投げると、
眉根を顰めて、勢いよくグラスを呷った。
「ユニシス、なに怒ってるの?なんか機嫌悪い」
「怒ってないっ」
「……………………」
「…………………」
言い返されるハズの言葉がなく、漂った沈黙に居心地の悪さを感じたユニシスは、
あ〜もう!と頭をがしがしとかき回す。
「――俺の知らないお前を知ってるんだってことが気にくわないだけ!
あいつ自身を嫌ってるわけでもないし、怒ってもないからっ!それだけだからなっ!」
顔を真っ赤にして一気にそう言ったユニシスの横顔を、アクアはじーっと見つめる。
「……ユニシス、ばか」
「ばかってなんだよ!」
「ユニシスだって、ブルーの知らないわたしをいっぱい知ってるくせに」
「――あ」
「今のわたしにしたのはユニシスよ。今のわたしが好きなのはユニシスよ。
今わたしがこうしているのはユニシスがいるからよ。
全部全部、ユニシスのせいでユニシスのおかげでユニシスのため。
……で、わたしがそうしたかったからユニシスの傍にいる。それでもまだ不満?」
「…………ううん。ありがと」
ユニシスはようやく自然に笑んだ。
夜も更けて、パーティーも盛り上がりが落ち着いてくると、
明日の仕事が早い者、やり残した仕事を持っている者などから、
ちらほらと帰宅を始める。
街に行けば宿は見つかるだろうが、二人は結局マリンの好意に甘えることにした。
お客さまだから座っていていい、というマリンに、
長年家事を切り盛りしてきたユニシスは落ち着かないから、と片づけを手伝う。
やるとかえって惨事を引き起こすから、とマリンとユニシスに揃って反対された
アクアを始め家事に不得手な面子は、広間で大人しく待っている。
談笑の合間に、呼び鈴の音が響く。
「――葵さん。お迎えが来ましたよ。黒髪の、おっきい人」
後片付けで手の放せないマリンの代わりに応対にでたブルーの言葉に、
何じゃと?と葵はきょとんとする。次いで苦笑をして、席を立った。
「迎えには来んでいいと言ったじゃろう」
「夜が更けると危険ですから承知出来ませんとも申し上げました」
「――この心配性が。わかったわかった、すぐに支度をするから待て」
玄関先で軽く問答をしたあと、葵は広間に引き返す。
支度と言っても、暑くても寒くても巫女装束で頑固に通し、
金銭等は懐にしまう習慣のある葵に荷物というものは殆ど無い。
広間に残っていた者に退出の挨拶を済ませ、広間を後にする。
「――ではな。今日は、ほんに楽しかった」
外で見送りの為に葵を待っていたブルーに会釈をすると、
葵は思い出したように懐から布に包まれたものを取り出した。
「そうそう、これを、おぬしに渡そうと思っておったのじゃ。
……おぬしに渡すのが一番よいであろうと思ったのでな」
それを受けとったブルーは、そっと布を取り払う。
そこには、美しい青い刀があった。
「……これは……あっ……」
布から取り出したそれを手に取ると、ぽぅっ……と無数の不思議な光に包まれて、
それはゆるやかに、夜の闇に溶けるように消えていった。
葵とブルー、そしてその場に居合わせたソロイはしばらくその光の軌跡を見送ったが、
光の名残も消え去ってしまうと、葵は居住まいを正した。
「――さて、私はもうお暇する。あれも待っておるしの。ふふ」
そういって視線を投げた向こうには、黒髪の男が立っている。
今の光を目の当たりにしてもなにも云わず、その口元には微かに笑みが刻まれている。
その姿に、ブルーの目には一瞬、ふわっと紅い髪の影が重なって見えた。
「……あなたにも、見えた?ブルー」
――この地に生きる、もう一人の人ならぬ者の姿を。
いつの間にか戸口に立っていたアクアを振り向く事はせず、
ブルーは彼らの去っていった方角をずっと見ていた自分の視線を、
光に溶けるように消えていった刀を確かに持ったはずの手に移す。
「……人は、人でないものには優しくない生き物だと思ってたよ。
――マリンが特別なのかもしれないって」
「人だからではなく、個体差ね。人が相手でも傷つける人もいるわ。
それはかなしいことだけど、でも、そんな人間が全てではないもの」
「……うん。そうだね。
彼女が好きな世界を壊そうとした僕を……好きだと言い続けてくれる人がいる」
「……わたしにも、いるわ。
慕っていた人に逆らってでも、わたしを救おうとしてくれた人。
今一番、わたしの大切な人よ」
「うん……愛されているね。僕も、君も……彼も。
この地の人は、人ならぬ存在の僕らを、愛してくれるんだね」
「………ブルー……」
ふう、とため息一つ。
アクアはぽてぽてとブルーに近寄り、おもむろに手をあげる。
ぺちっ☆
次の瞬間、ブルーの額にごく軽い平手うち。
「わたしたち、この地にいるから愛されるのではないわよ。
人ではないから愛されるのでもないわ。
わたしがわたしだから。ブルーがブルーだから。あの人があの人だから。
ユニシスがユニシスだから。マリンがマリンだから。葵が葵だから。
だから愛されるし、愛してる。――それだけよ?それ以上でもそれ以下でもないの」
叩かれた額を軽く撫でさすり、そうだね、とブルーは笑う。
「ブルーさ〜ん!アクアさ〜ん!お茶入りましたよ〜」
「冷めねーうちに来いよな〜!」
台所から、愛しい人の声と共に、暖かな紅茶の匂いが漂ってくる。
お互いの顔を見合わせ、アクアとブルーはくすっと笑った。
すっと差し伸べられたブルーの手に、アクアの手が重なった。
「……いこうか。僕らの、お互いの幸せの欠片の元へ」
マリンの家を辞した葵は、葵殿、と呼ばれて声の主を見上げる。
「あの青の刀。以前からお持ちでしたね。…あの男が騒動を起こしていた頃から。
……あれは、結局何だったのですか?」
ソロイは葵の歩調に合わせて少しゆるめに歩を進める。
彼のその問いかけに、葵は説明は要らぬとばかりに微笑む。
「さてな、何であろうな」
「……隠し立てなさるようなことなのですか?」
不満そうに顔を顰めるソロイに、葵は苦笑を零す。
「――あれはそういったものではない。勘ぐるな。
ただ、あれは私が故郷に帰るために必要だと言っておったものがいた。
……それゆえに、私にはもう必要のないものじゃ。
あれは……あやつの手で光に溶けた。あれの本望であったろうよ」
「……よかったのですか?
いつか帰る手だてとなりうるかも知れないものを。
だからこそ今まで、ずっとお持ちでしたのでしょうに」
「今更あの刀を使っても、誰も幸福にはならぬ。もちろん私を含めてな。
まぁ、もとよりあれの役目は、マリン殿があの者を救ったときに終えておる」
葵もソロイも、いまだ神と呼ばれていたころのブルーを知っている。
一度だけだが青の刀で一戦交えたこともある。――その彼と兄妹だというのなら、
アクアも神と呼ばれる存在であったことは想像に難くない。
「今さら帰るつもりは毛頭ないし、帰るために持っていたわけでもない。
ただアクア殿があやつの妹御だと聞いて、あれを返すによい機会と思うたまでじゃ。
私には、何より大事な紅の刀があるしな」
家族がいなければ出逢うまで。故郷がなければつくるまで。
大切な人が、ここにはいる。
血を分けた家族は今はいなくとも、いずれはそれが『伴侶』という名の家族になる。
大切な人がいて、そこで生きてそこで死ぬと決めた地があるのなら、
いずれはそこから芽吹いてゆく血脈となろう。
それはいずれ故郷と呼ぶに相応しくなろう。
――人も、人ならぬ者も、変わらぬ。
「あれを返したのは、まぁ――けじめ、というやつかの。
それともなにか?おぬし、私を帰したいか?」
葵はいずれは『家族』となるであろう傍らを歩く男を裏手でぽんと軽く叩き、
ご冗談を、と不敵に笑いソロイはその武骨な手で恋人の肩を抱いた。
涼やかな秋の夜は、人である者にも、人ならぬ者にも、
等しく穏やかな安らぎを与えていた。
100のお題、No.69、「変り種」でした。人ならぬもの、もしくは人ならぬものを愛した人ってことで。
書こうと思ったきっかけはマリンのブルーED。
「これで記憶喪失の人は何人目だろうって感じなので」確かに!(爆笑)
ゲーム中の人物だけに限定したって、記憶喪失率高いです。しかもそれ、全部人外だし!(笑)
まぁ、あのマリンの台詞は一般人で記憶喪失の人が何人も保護されてるっていう意味なんでしょうが。