花吹雪
「――頼久、何処にいますか、頼久!」
左大臣家の末姫であられる藤姫様の声が、土御門の舘の広い庭に響いた。
「はっ、頼久はここに」
部屋近くの庭先に膝を突き、姫様の喚ぶ声に応える。
「頼久、頼みたい事があるのです」
改まった仰り方をされるということは、いつもとは違う任務と言うことか。
私は心持ち身を固くして構え、次の言葉を待った。
――そして告げられた言葉は意外と言えば意外なものではあった。
「明日からしばらく、蘭殿の護衛をお願いしたいのです」
蘭殿――その名前は、天真が長い間探していたという妹御の名だ。
私がお仕えする神子殿も、彼女のことをいたく気にしていらした。
八葉の使命を果たす折において、私も無関係であったというわけでもなかった。
鬼の首領からの支配を受け酷使した身体を休めるため、
ここ土御門の館に身を寄せている。
「ご命令とあらばむろん従いますが…無礼を承知でお伺いいたします。
蘭殿には、常日頃より兄である天真がついているはず。
むしろあれは他者に妹御を委ねることを良しとしない性質かと。
それをなぜあえて私にお命じに…」
「これは、天真殿も承知の上です。
蘭殿は、まだ兄の天真殿と神子様以外に、お心をお開きになりません。
そのお二方も、神子と八葉の勤めで館を空けられる日もありますし、
せめて今一人、心を通わすご友人を持つべきだと、神子様はお考えです。
わたくしでは……なにぶん若輩者である事実は如何ともなりません。
相応に落ち着きのある信頼のおける者を、と神子様に申し上げましたら、
お前ならば毎日土御門に詰めているから適任だろうと。…頼久、お願いできますか?」
「そのようなことであれば、私に否やはありませぬ。
…私でよろしければ、非才なる身の全力を持ってお仕えいたします」
私は深く頭を垂れた。
そうして、私は蘭殿が間借りをしている東の対の屋へと足を運んだ。
天真と神子殿はともに出ていて不在だ。
――後々で聞いたことだが、他人に蘭殿の護衛をまかすことに
天真は最初はかなり抵抗したそうだが、神子殿が説得されたそうだ。
神子殿に弱い天真は――…まあ、ひとのことは私も言えないが――、
渋々ながらも、頼久ならばと、結局は承諾したらしい。
泉殿に続く廊下へと折れると、
…私の視界に一瞬天上界が広がったような気がした。
うららかな春の陽差しの中、まるで絵物語から抜け出たような、
美しくも儚く消え入りそうな情景が、そこにあった。
渡殿の手すりに身体を凭れさせ、風に身を晒している少女。
さらりと靡く艶やかな黒髪が風をかたどった。
ひらひらと、風に乗って桜の花びらが舞い、
そっと伸ばされた白く細い手に、その花びらが舞い降りる。
……花弁が風に舞い、さらさらと白い指に流れて………
数瞬の時を挟んで、私は我に返る。私は………見惚れて、いたのか?
――――何をしている!
頭を振り、己を叱責する。
感情を切り替え、努めて平静を装い少女の傍に足を進めた。
「――蘭殿」
私に気付いた少女ははっと手を収め、些か困惑し怯えた様子を見せる。
私は迂闊に声をかけたことをいささか悔やみながら、近すぎない程度に歩み寄る。
少女が心を開いているのは、まだ兄の天真と神子殿だけなのだ。
――壊れやすい、玻璃のような少女に、性急に近づいてはならぬ。
「――…本日は蘭殿の傍近くに控えるよう、藤姫様より命を受けました。
私が居るのが落ち着かぬなら視界に入らぬように配慮しますゆえ、
どうか、この場にいることを許していただきたい」
十分に距離をとって、庭先に膝を折る。
神子殿と藤姫様のご意向は、できうるならば友人であれ、であった。
そのご意思に添うようには努めるべきだとわかっている。
……が、女人と友となれというのは私にとって今までにない難問である。
蘭殿は戸惑うように私をみやり、しばしの躊躇いののちに、漸くそっと頷いた。
私は頭を下げ謝意を表すと、前言のとおり、
なるべく彼女の視界からは外れるよう気を配りながら、
かつ彼女の様子や気配を知ることのできる距離を保った。
――初めて彼女の傍近くで過ごした一日目は、そうやって過ぎて行った。
幾日か経つと蘭殿も私の存在に慣れてきたのか、怯えた様子はみせなくなった。
僅かに糸の張るような緊張感は残るものの、だんだんとそれが自然体になっていく。
時折二言三言、なんでもない言葉を交わすこともある。
彼女は風に吹かれることが心地よいようで、
宛がわれた部屋にいないときは大抵、泉殿へと続く渡殿にいた。
少し湿り気を帯びた風が、手摺りに身を凭れさせた少女の髪を撫でてゆく。
「そのような端近に出ては、風が身体を冷やします。
病み上がりも同然の身に障りましょう」
直接に触れてしまわぬよう気を配りながら、
少女の肩から落ちかけた桂をかけ直してやる。
「…身体はお厭いなさいますよう。天真も……いや、兄君も心配されるでしょう」
少女はゆるりと私を見上げる。
「……お兄ちゃん…いえ、兄とは親しいの?」
「…そうですね。親しいといえば親しいと言えます」
蘭殿は興味を誘われたように私の話に聞き入る。
…そういえば、幾度かは顔を合わせていたものの、
彼女に天真と私との立場を話したことはなかったかもしれない。
「同じ青龍の加護を受ける者として行動をともにしたことも一度ならずあります。
初めこそ反りの合わぬものと思いましたが、
今は、なかなか得がたい資質の持ち主だと感じています。
…少なくとも私は、あれを『友』と呼ぶに足る男だと思っておりますから」
「……ありがとう」
私は、何故頬が熱くなる錯覚を覚え、蘭殿から視線を逸らした。
「…………礼を言われる類の事ではございません」
「…でも、嬉しいから…」
謝意の言葉とともに私に向けられた笑顔は、
嬉しげで…そして、とても優しげだった。
不意に、彼女はなにかに気づいたように首を傾げる。
「…あの…だけど、私に敬語はおかしいわ」
「は…しかし、私は貴女をお護りする任にございますし、
貴女は神子殿のご友人でもいらっしゃいます」
「でも、私自身は『森村天真の妹』でしか…森村蘭でしかないもの。
貴方の主君でもなければ、お姫様でもないわ。
兄を『友』と思ってくれているのなら、なおのことです」
…………たしかに、『彼女が主か』と問われれば、否と答えるしかない。
私の主は神子殿であり、そして左大臣家の方々であられる。
「それにその……堅苦しいのは、居心地が悪いんです。
ここの館の方々は親切だけど…どこかよそよそしくて」
寂しげに呟いた彼女のその言葉が決め手となったのであろう。
――私はしばしの…いや、かなりの葛藤の末、彼女の頼みを聞き入れることにした。
自惚れても良いならば、少しは心を開いてくれたのだろうか。
言葉を交わすことこそまだ少ないものの、日を追うごとに僅かずつそれも増え、
私が諸用で彼女の傍に控えない日に、土御門の館内で偶然出会う折、
会釈と微笑みを向けられるようになった。
私はまだ不意に敬語が出てしまうこともあるが、少しずつくだけていくことができた。
柔らかな微笑で、私に向けられる優しい表情。
その都度、胸の内が温かく感じるのは、おそらく嬉しいからだろう。
――友人であれという使命を果たせたからか…それとも――――?
幾たびか言葉を交わすうちに、彼女は私から話を聞くことを好むようになった。
『本人は照れて話してはくれないから』と、天真の話を特に好む。
日差しのうららかな暖かい午後には、渡殿の手摺りを挟んで、
ひとつふたつ話を聞かせるのが日課となった。
「…剣術?へぇ…お兄ちゃんが?」
「そうだ。よく早朝には稽古をつけてやったりもしている。
なかなかどうして筋もいいが、一人前なのは今のところ熱意だけだな。
――もっとも、当人には言えぬがな。むきになるのが目に浮かぶ」
「でも、認めてくれてはいるのね」
「…………それは、確かに。
天真は己の行動の理由を口に出すのを嫌うが、
当時まだ事情を知らされていなかった私にも、熱意は伝わってきた。
今ならばまことよくわかる。あれほどに剣術に熱意を注いでいた理由が。
蘭殿を取り戻すため。そして神子殿を守るためにだ」
彼女は手摺りに肘をつき苦笑を浮かべる。
「…それは、順位が逆ね。
…お兄ちゃんが今、一番大切なのは、あかね。
私はその次よ。…ちょっと悔しいけど」
不謹慎ながら、私はその言葉に思わず笑いを零してしまった。
蘭殿は私の真意を測りかねてか眉根を顰めて首を傾げる。
私は笑いを納めた――それでも顔が綻ぶのはどうしようもなかったが。
「天真は大切なものに順位をつけられるほど器用ではなかろう。
それは妹御である蘭殿が一番よくご存知なのではないか?」
仮に、蘭殿と神子殿のどちらかしか助けられぬという選択肢を与えられても、
彼は『ふざけるな』とがなりたて、どちらもを救う姿勢を押し通すだろう。
――たとえ、その手立てがなくとも。
蘭殿は驚いたようにその瞳を瞬かせると、花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
元々から他人と会話を交わすことは不得手だが、
今日はいささか饒舌になっているようだった。
ひとつひとつ、言葉を選んで口にしていた、つもりだった。
だが、どうしたことか今日の私は余計な一言を口から滑らせた。
「心配してくれる兄が健在でいることはとても良いことだ。
…私のように亡くしてからでは、心遣いに報いることも出来ぬ」
口に出したその瞬間、私は己の失言を悟った。
「…………っ」
彼女の瞳が驚愕に見開かれる。
己の迂闊さを呪いたくなった。
私の兄のことを話したのが失言なのではない。
操られてのこととはいえ、敵対する立場にあったという過去を持つ彼女に。
………まかりまちがえば、それが自分の手によって事実に成りえた少女に。
その蘭殿に「兄の死」という仮定を与えるなど…私はなんという愚かなことを!
「…すまぬ」
このようなときに気の利いた言葉の一つも言えれば良いのだろうが…。
…己に嫌悪を感じるほど私には不向きだ。
彼女はふるふると首を横に振る。
「…そうね。本当にそう。私は、とても幸せなんだわ」
顔を上げて空を仰ぐ蘭殿は、笑顔を浮かべてはいたが、
その表情がどこか痛々しく見えたのは、私に後ろめたさがあったからだろうか。
……忘れていた、としか言いようがない。本当に、失念していたのだ。
何故『館の者がよそよそしい』と言ったのか、少し考えればわかるものであったのに。
――目の前に居る少女はごく普通の少女で。
………私たちと争ったという事実が、まるで絵空事のようで。
争った――その言葉に、私は腰に帯びた太刀をぎっと握り締めた。
そうなのだ。私は、彼女に向かって、この刃を振り下ろした。
いまだ鬼の娘として我らの前に現れたとき、神子殿に害をなそうとした彼女に。
私のとった行動に、後悔はない。
幾度あの状況に置かれようと、私は同じ行動をとるだろう。
だが、彼女に躊躇いなく太刀を振るった事実。それはけして拭い去れぬ。
その私が彼女の友として在るなど、許されるのか。
――傍にいてよいという証がほしいと…
命じられたから友としてあるのではなく、
…己が意志で彼女の傍近くにありたいのだと、自覚したのはこのときだった。
「蘭もだいぶ落ち着いてきたみたいだし、そろそろだろうな」
天真がそういったのは、それから半月もたたぬころ。
もともと蘭殿の心身の大事をとって先送りにしていただけのこと。
彼女が回復の兆しを見せれば、いずれこうなるのは至極当然だ。
…もうすぐ、神子殿と天真たち…そして蘭殿が彼等の世界へと還ることになる。
それは神子殿も藤姫様も承服されたらしく、土御門の館は、
神子殿ご帰還の準備のために、にわかに忙しさを増した。
儀式に関しては、占術の知識も能力もない私は如何程の役にも立たない。
その間私は、変わることなく蘭殿の護衛の任にある。
そのことを安堵した自分に、私は言いようのない気分を味わっていた。
その日、館中があわただしく駆け回っているさなか、
いつもどおり東の対の屋に足を向けると、彼女は珍しく庭に下り立っていた。
「蘭殿…、庭先に降りられるなど…っ」
「大丈夫よ。いつも女房の人たちがとめるからしなかっただけで、
もう殆ど身体はいいの。むしろこうしている方が気持ちいいから」
さやさやと、庭の木々が風に揺れて音を奏でる。
どちらからともなく黙り込み、葉擦れの音だけが二人を包んでいた。
沈黙を破ったのは、彼女の方からだった。
「私たち、もうすぐ帰るんだって…聞きました?」
「天真と……藤姫さまから伺った」
「…そう……」
そういって彼女は顔を俯かせた。
「……少し、話を聞いてくれる?」
風が蘭殿の髪を吹きそよがせる。
天を仰ぎ、どこか遠くを見晴かす。
「私にとって、京はつらいばかりの思い出しかなかった。
だけど、貴方がいてくれたから…それは変わった。
貴方が傍に居てくれると、とても暖かい気持ちが胸に広がる。
心弾む時間をすごせた。いつからか、貴方に会えることが毎日の喜びだった」
彼女は天を仰いだままそう言うと、口を噤んだ。
そしてゆっくりと視線をめぐらせ、私の目をまっすぐに見つめると再び言葉を続けた。
「最初は兄のように慕ったのだと思うけれど…別れを前にして気がついたの。
…いつのころからか私は……あなたを、好きになっていたのね」
ふわりと、彼女は微笑った。
言われた言葉を理解するのに、数瞬の時を必要とした。
私の意識にその言葉が染み渡ると、己の頬に朱が差したのがわかる。
だが、次の瞬間には己の所業が意識に浮かび、
私は彼女の視線をまっすぐには受け止められず、その視線を逸らした。
「……私は、貴女にそう想っていただく価値のある者ではない」
ぎり…っと太刀の鞘を握る手に力がこもる。
「………私は…知らぬとはいえ、貴女に刀を振るった男だ。
もし、あのとき殺めてしまっていたら、と…思い出すたび今でも背筋が凍る」
「でも、私は今生きているわ」
彼女は悲しむでもなく、声を荒げるでもなく、静かにそう言った。
「………あのときは…敵だったもの。敵だと、思っていたもの。
それに、意識を操られていたとはいえ、私もあかねに刃を向けた。
貴方があの場に現れなければ…私はあかねに刃を突き立てていたでしょう。
私は……この手で、あかねを手にかけるところだった。
………貴方が来てくれて…本当によかった」
「…蘭殿…」
「お兄ちゃんがいる。あかねがいる。どちらが欠けても私の幸せはなかった。
貴方が、私の幸せを護ってくれたの。そして、もうひとつの幸せも、私にくれた」
晴れ渡る麗らかな陽射しを受けて、彼女の表情はとても晴れやかに見えた。
「これは私の一方的な気持ち。それは承知の上よ。
だから応えてほしいなんて無理は言わないわ。
――ただ、できるなら、私のことを覚えていてほしいの。
こんな娘もいたと…記憶の端にでも留めていてほしいの」
顔を傾げて微笑むと、彼女の肩に美しい黒髪がさらりと流れる。
「…貴方に会えて…貴方を好きになれてよかった。
貴方に出逢えて、私は幸せだった。
…帰る前に、それだけはどうしてもあなたに言っておきたくて」
それじゃあ、と蘭殿は裾を翻して部屋へと戻られた。
その場に残る形となった私は、振り返って追えなかったことをひどく悔いる。
――私は、なにも答えられなかった。
彼女のように言葉に出来る感情が、その時の私にはまだ形をとっていなかった。
答えられなかったことが、胸にズキリとした痛みを与えた。
時は、人の心など意に介さず無常に過ぎる。
忙しいのか、それとも避けているのか、あれから蘭殿と話す機会を持つことは叶わず、
何の答えも告げられぬまま、神子殿たちのご帰還の日となった。
神泉苑にて、異界への道をひらく儀式が始まろうとしていた。
龍の宝玉の守り役であられる藤姫様が、一切の儀式を行われる。
静寂が周りを包む中、藤姫様はしずしずと神子殿の傍に歩み寄られる。
「神子様……。今まで本当に、本当にありがとうございました。
わたくし神子様にお仕えできたこと、一生の誇りとなりますわ。
神子様にお会いできたことが、この藤の一番の幸せです。
ご無事でお帰りになられますよう。そしてどうかご自愛を…」
次いで、神子殿の脇に控える天真と詩紋へと視線をめぐらせ、会釈をする。
「天真殿。詩紋殿。八葉として、ご友人として神子様を支えてくださったこと、
幾重にもお礼申し上げます。ご息災でおられますよう、お祈り申し上げますわ。
それから――蘭殿…」
藤姫様は蘭殿の名を呼ぶと、ひとたび口を噤んだ。
いつもの優しい笑顔を浮かべ、そして、深々とその頭を垂れた。
「――蘭殿。頼久のこと、どうぞよろしくお願い申し上げますわね」
神泉苑に集った者の、その言葉に対しての反応は実に様々であった。
驚愕する者、どよめく者。訳知り顔に笑みを浮かべる者。
「姫様、それは………!」
閉じた扇を口元にあて、くすくすと笑いをこぼしたのは、橘少将友雅殿。
「頼久、見透かされていないとでも、思っていたのかね?
土御門の館きっての堅物が柔らかな表情を浮かべる、唯一の姫が現れたと、
館中の女房の、うわさの的であったのだよ」
「ま…そのようなところからお話を伺われたのですの?
――友雅殿のお耳が早いのも至極当然ですこと。
友雅殿にとっては、館中の女房が耳であり目であられるのですわね」
「おや?妬いてらっしゃるのですか?」
「呆れているのですわっ」
私は、意を決して、藤姫様に真意を尋ねた。
「姫様。それは、私に彼らの世界に行ってもよいと…、
そう、おっしゃられているのでしょうか」
藤姫様はその小さな手を口元にあて、微笑まれる。
「――お前がそう望むのならば」
「ありがとうございます。姫様」
「――頼久さん!」
私の言葉に、蘭殿が我に返って慌てた声を出す。
「…私の言ったことなら、気にしないで。
私の言葉で、貴方を縛るつもりはないの!」
私はゆるやかに首を横に振り、笑みで返す。
「先日の貴女の言葉…忘れられようはずもない。また、忘れたいとも思わない。
貴女の言葉は、私に喜びと…別れへの痛みを与えてくれた」
今度こそ、私は彼女のまなざしをまっすぐに見返すことができた。
「貴女が大切だと感じ、護りたいと望み、傍近くにありたいと願う。
それが…この気持ちが恋慕なのかは――私自身にもはっきりとはわからない。
だがそれでも言えることがある。私は、貴女を『思い出』にしたくはない」
「………っ」
蘭殿は、驚きに声を詰まらせ、そしてぽろぽろと涙をこぼした。
「…おいこら、二人だけで話すすめてんじゃねーよ」
蘭殿の傍らで、天真が声を低くして割って入る。
神子殿は、むしろ嬉しそうに天真の顔を覗き込まれた。
「反対なの?天真くん。
可愛い妹とられちゃったから妬きもち?」
「――――っ!…別に、んなんじゃねぇよ。
………おいっ、頼久!蘭を泣かしやがったらぶん殴るじゃすまねぇからな!」
天真は憮然として私に背を向ける。
蘭殿は慌てて自分の涙を拭った。
「ああ、約束しよう。これからよろしく頼む、義兄上殿」
「……………………やめろって」
心底げんなりと言った天真に、その場に集った者からどっと笑い声が起こった。
「…では、神子様」
藤姫が龍の宝玉を前に儀式が始まり、神泉苑に厳かな神気が満ち始める。
禁苑の空間が不可思議に歪み、『道』が出来ていく。
そっと、傍らの蘭殿を見ると、私をじっと見つめる彼女の視線とぶつかった。
私以上に不安に揺らぐ彼女の瞳に、私の中の不安は淡雪のように溶けていった。
……もう、京には二度と還ってくることはあるまい。
きっと後悔することはない。その確信を持って、長い年月を過ごした京を後にした。
花吹雪の中、私の前に鮮やかにあらわれた天女とともに……
初めての頼久×蘭創作でございました(笑)。ちなみに、話の都合上シナリオは天シナリオでお願いします(笑)。
実はかなり好きなんです、この組み合わせ。頼久を「お兄ちゃん」と呼んだり、あかねを挟んで刃を向け合ったりと、なにげにドラマチックですしね(笑)。
で、書きたいと思って書き始めたのですが……いやぁ、私の実力のなさを思い知りました(泣)
書いててどーしても蘭とあかねの区別がつきにくいし、頼久の口調とかけっこー行き詰まりました(苦笑)。
とくにラスト、どうやって締めようかと、これで1週間ほど悩みましたね(笑)悩んだ割りにこれかいというつっこみは却下(逃亡)