誤解
だだだだだだだだ
ばたばたばたばた
――ばたんッ
いつもは静かな魔法院の廊下に、けたたましい足音が響く。
そして扉を閉めたような音がしたと思うと、今度は少女の声が高らかに続いた。
「うふふふ。ユニシス、ばかね。
カギのかかんないへやに逃げこむなんて。
これであなたはふくろのネズミ」
「し……しまったっ」
「せぇのっ!」
ばぁん!
かけ声の直後、ひときわ大きな音が轟いた。
「あ……アクアっ!お前、なんつーことすんだ!」
「なにって、ただのとびげり。魔法でやぶらなかっただけ、ほめてほしいくらいだわ」
――跳び蹴りって……あのソロイ様に喰らわしたって噂のあれか?
誇らしげに胸を反らすアクアに、ユニシスは二の句を繋げず立ちつくした。
アクアはにこにこと笑いながら動きの止まったユニシスににじり寄る。
「さぁ、ユニシス。もう逃げられないわよ。きりきりはくじょーしなさい」
声だけは笑っているが、目の据わったその表情に、
ユニシスは背筋に冷や汗を流す。
「だ……だから、何をだよ」
「このごにおよんでしらを切るのはとくさくではないわよ、ユニシス」
アクアは片手は腰にあて、もう片方の手でびしっとユニシスに指を突きつける。
「あなたが近ごろみせるひとみは、恋するひとみ。
さぁ、その切なげなひとみの先にいるのはだれなの、ユニシス?」
それは目の前のあなたです。
と、言えるくらいならユニシスも苦労はしない。
――それをお前が目撃するのは、そこにお前がいるからだろっ!
ユニシスは心の中でツッコミをいれるが、もちろんアクアには届かない。
――表情の変化には気付くくせに、なんで肝心なところで鈍いんだよ、バカっ!
好意を寄せる本人に問いつめられ、言うに言えずに、
結果、だんまりを決め込む事となる。
当然アクアもそう簡単には引き下がらず、微妙に張りつめた空気の中、問答は続く。
「――やっぱり、ヨハン先生?」
「………違う」
「ん〜……家事がとくいな同士でマリンはどう?」
「違うって」
「いやよいやよも好きのうち、でシリウス」
「あいつは大嫌いの筆頭だっ!」
「じゃあ、歳がちかいからプルート」
「接点ないだろがっ!」
……問答のはずが、いつのまにやらボケと突っ込みになりつつあった。
どんどん離れていく答えに、ユニシスは頭を抱える。
――だいたい、今挙げたの、殆ど男じゃんか……。
ユニシスはすでに男への分化を果たしているのだが、
それを知らないアクアが男女両方を候補としてあげるのはまぁ仕方のないことだろう。
しかし、男ばかり候補に挙がるということは、女性になると思われている確率が高いという事だ。
――男としては、見られてないってことか……?
想い人本人からそう思われているのは、いささか心が重い。
ユニシスから、はぁぁぁっと暗い溜息が零れた。
「ユニシスさん。私、ここは思い切って正直に言っちゃうのが一番いいと思いますっ」
突然背後から聞こえた声にびっくりして振り向くと、
この部屋の、カギが掛かっていなかったらしい窓から、
ひょっこりと顔を覗かせているのは栗色の髪の女の子。
「――あら、マリン、いらっしゃい」
「こんにちわ〜、アクアさん」
なんでもないように反応を返すアクアと、
これまたなんでもないようにひらひらと窓の向こうから手を振るマリン。
その緊張感のなさにユニシスは芯から脱力する。
「ここで誤魔化しても、あとあとこじれるだけですよ〜。
言っちゃいましょうよ、ユニシスさん!」
ユニシスは冷や汗をだらだらと背中にたらしながら、
マリンが余計なことを口走りませんよーに、と必死で念じたが、
マリンはにこにこと邪気のなさそうな笑顔で、ユニシスにとんでもない決断を迫る台詞を吐く。
実はマリンは、ユニシスの気持ちを知っている。
……教えたのではない。知られてしまったのだ。
マリン曰く、『女の子のカンなんです』ということらしいが。
彼女はぽやっとした雰囲気を持っているくせして、かなり鋭い観察眼の持ち主だ。
特に人物評価に関しては、なかなかに侮れない。
そういった事情も相まって、彼女に対しては迂闊に強く出られない。
下手に藪をつついて蛇を出すようなマネはしたくない。
そんなユニシスに追い打ちをかけるように、マリンはひらひらと手を振って
彼らの居る部屋に背を向けた。
「じゃ、私はヨハン先生のところで勉強に行ってきますんで。
頑張ってくださいね〜、ユニシスさん。男も女も、恋は直球ですよ!」
「……人ごとだと思って気楽に言ってくれるよ」
マリンの後ろ姿を見送って、ほっとする暇もなく、
アクアがユニシスを責めるようにじと目で見つめる。
「………マリンは、知ってるのね?ユニシスの好きなひと」
「――うっ」
「マリンには言えて、わたしには言えないんだ?」
――いや、言ったんじゃないんだけど……
「………ユニシス………」
アクアの声が小さく揺れ、うつむき加減にぺたんと床に座り込む。
その瞳が涙でにじみ出すと、ユニシスはおろおろと狼狽する。
「わ、わ、わかったっ、言うからっ」
「…………………ホントね?」
うつむき涙を拭くようにしながら言ったアクアの言葉に、
うん、と頷いたとたん、襟首を捕まれ引き寄せられる。
「……ぶい。やっぱりなみだは女の武器ね」
顔を上げたアクアのその瞳には、すでに涙のカケラもない。
「あ………お前泣き真似か?!」
「しつれいね。さっきのはちゃんと自前だもん」
――さっきのは、って……
ユニシスの脳裏に、過去、喧嘩などで泣き出したアクアに折れた事例がいくつかよぎる。
……あのうちいくつかは騙されていたのかもしれない。
「さ、約束よ、ユニシス。教えなさい」
「――じゃあ、ヒント、な」
「それずるい。ユニシス、教えてくれるって言った」
「……正解をそのまま教えるとは言ってないぞ」
「……ずるい」
相変わらず座り込んでいるアクアに、襟首を捕まれ引き寄せられたユニシスは、
自然、アクアの前に腰を下ろす形で向かい合う。
アクアから顔を逸らしながら、ちら、と彼女のほうを横目で伺う。
じっとユニシスを見つめる菫色の瞳と、銀糸の髪が綺麗だ。
「顔は……まぁ、いいほうだと思う」
「………うん」
「頭もいいと思う。魔法も上手いし」
「めんくいの上に才人好きときた。わりとぜーたくなのね」
「……でも、口は悪い。…………で…俺と喧嘩が絶えないやつ」
「………へぇ」
「こ…これだけ言えばわかるだろっ!」
「ん……なんか……わかりそうな……」
真っ赤になりながらユニシスの挙げたヒントを真剣に考え込むアクアに、
今なら言えるかも、とユニシスはぐっと握り拳をつくる。
「だ……だから……だな。お、俺が……好きなのは……ア……ア…ク……」
言え、言うんだ自分!とユニシスが己を叱咤しているその瞬間、
アクアは座り込んでいた床からすっくと立ち上がり、
真剣な表情でばたばたと魔法院を飛び出していった。
「………え?」
取り残される形となったユニシスは、
振り絞った勇気の持って行き場をなくし……途方に暮れた。
「ユニシスの好きな人……意外だったわ。
興味のないふりしてゆだんのならないヤツね」
ばたばたと駆けながら、アクアはぶつぶつと独り言を呟いていた。
――ユニシスの『ア……ア…ク』という言葉を完全に取り違えて。
「あなたは今日から恋のライバル。わたし、負けないから」
「………なぁ……葵。お前、別に百合の趣味はなかったよな?」
「百合?花は好きじゃが、それがどうしたのじゃ?」
「いや……いいんだ、こっちの話。気にしないでくれ」
騎士院にて。
突然押しかけてきたアクアに、わけもわからず唐突に『恋敵宣言』をされたアークは、
自分の想い人に、思わずそう確認したとかしなかったとか。
100のお題No.76「擦れて生じる」でした。
ユニシス×アクアです。誰がなんと言おうと(笑)一応ちゃんと両想いですからっ!
アークユニやアークアクアっぽくてもそれは気のせいですっ!ユニシス←アクアやユニシス→アクアみたいでもなんでもっ!(笑)
――コメディって、書くの難しいですね(笑)どシリアスのほうが書きやすい〜(笑)おかしなところがあっても見逃してください(笑)
「ア…ア…ク」を「アーク」だと思ったアクア(笑)顔と頭がよくて魔法ができて口が悪くてユニシスとよく喧嘩をする、まで書くと確かにアークも同じなんですよね(笑)
ま、アークの場合ユニシスが一方的に食ってかかってる気もしないでもないですが(笑)
ちなみにアークの呟きの「百合」ですが、知らない人のために補足すると、レズのことを指します。(わ…わかるよね?)