月下の騎士

 歩き慣れた街並み。聞き慣れた喧噪。そんないつも通りの日常も、なぜだか今日は違って見える。白銀の髪の少年は、足早に走って大通りを通り過ぎる。

「こんにちわ、騎士様ぁ〜」

「おう、坊主たち、元気そうだな!」

 通りすがりに顔見知りの少年達に声をかけられ、人懐っこそうな笑顔を浮かべて、手を振り返しながらも、走るスピードは緩めない。
 待ち合わせは中央広場。そこに、彼の待ち人が、彼が来るのを今か今かと待っている。
 大通りを抜け広場に出ると、長くゆったりとした服に身を包み、薄紅色の豊かな髪を背に流した少女が、広場に群れる鳥たちと戯れていた。少年は歩をゆるめ、少女の傍へと歩み寄った。

「遅れてごめん、ディアーナ」

 名を呼ぶと、少女は嬉しそうに振り返る。

「――ガゼル!」

 初めて会ったころよりも幾分大人びた、だが変わることのない無邪気な笑顔を、その顔一杯に浮かべて。

 少女の名は『ディアーナ=エル=サークリッド』。騎士となった己が仕えるべきクラインの第二王女であり………ガゼルの想い人であった。


 二人はどちらからともなく手を取り合って、肩を並べて歩き出す。ガゼルは、道すがら見慣れたはずの街並みを眺める。その理由を薄々と知っているディアーナは、傍らの少年を見つめながら、胸の前できゅっと手を握りしめた。春の日差しに煌めく湖も、喧噪に賑わう街並みも、それはいつもと変わらない。変わって見えるのは…近々この街を離れるが故に。

「…この景色も、しばらく、見られなくなるな…」

 別れ際、ぽつりと呟かれたガゼルの言葉に、ディアーナは肩を揺らした。

「ガゼル…本当に行ってしまわれますの?」

「ああ…行くよ。しばらくお前に会えないのは寂しいけどさ。手柄を立てることができれば、一歩お前の傍に近づける」

「だからって…!未だに小競り合いの続いている北の砦へなんて…わたくしを置いて、遠くにいってしまわれるなんて…」

 ガゼルは、言葉を遮るようにディアーナの唇にそっと指を沿える。

「大丈夫だよ。絶対、俺はディアーナのところに帰ってくるから」

 ディアーナは、何も言えずに、黙るしかなかった。

 王宮へと戻ったディアーナは、人目を忍んで自室に戻る。そっと自室の扉を閉めると、扉にもたれかかったまま、ふうっとため息をついた。
 いつかはくるとわかっていたこと。正式に騎士に叙されたとはいえ、ガゼルはまだ地位はあってなきがごとしである。ガゼルが危険を冒してでも上を目指すのは、自分の傍にいられる地位を得たいがため。それを責める気は毛頭ない。けれど、この胸の内のざわめきはどうやって抑えればよいのか。
 床にぺたん、と力なく座り込み、ディアーナは少しばかり薄暗くなり始めた部屋で、ぼんやりと空を見上げた。恋しい人の傍にいたいというささやかな願いすらままならない。まこと、王族とは不自由な存在だ。

 どのくらいそうしていたのか。コンコンと自室に響くノックの音に、ディアーナは我に返った。

「は、はい!どなたですの?」

 座り込んだままだったディアーナは、慌てて立ち上がり、スカートの裾を払う。

「私です、姫」

「まぁ、シルフィス!どうぞお入りになって」

 すっと開いた扉から、白を基調としたまだ真新しい騎士の正装に身を包んだ金髪の女性がその姿を見せる。凛とした美しさと同時に柔らかい印象を見る者に持たせるその女性は、クライン初の女性騎士である、シルフィス=カストリーズであった。

「今日は、たしか人事院からの呼び出しがあるからと、任務は入っていないのではありませんでした?」

「はい、その件ですが、本日付けで、騎士隊第三師団所属から、王宮近衛師団所属になります。姫の近衛の任務を正式に任命されました。それで、改めて姫にご挨拶を、と思いまして」

「まあ、わたくしたちの間で、そんな堅苦しいことは抜きですわ。でも、まだ正式じゃありませんでしたの?軍部も随分と決断力がないのですわね」

 未分化であったシルフィスは、騎士の叙勲を受けた直後、自らの性を女性へと定めた。女性騎士は前例がないため、男性ばかりの騎士団では色々と複雑な事情ができる、との意見もあり、唯一の王族女性であるディアーナの護衛の任を暫定的に定められた。それを任じられた裏には、王女との個人的な友誼があったことも大きかったであろうが、シルフィスはけしてその立場に甘えることなく、立派に護衛の任を果たしていた。

「でも、よかったですわ。これで頭の固い軍部の上層部もシルフィスを認めたという証ですものね。シルフィスの実力があってこそですわ」

 ディアーナは精一杯の笑顔を浮かべて、親友の第一歩を祝った。心から喜んでいるのだから、それは決して虚実の笑みではなかったが、心に刺す影は吹き払えはしなかった。

「ありがとうございます。姫のお言葉が、なによりの励みになります」

 シルフィスは柔らかい微笑みを浮かべ礼を述べたが、目の前のディアーナの表情の硬さを見抜けぬほど未熟でもなかった。俯き加減になるディアーナの顔を、心持ち身を屈めのぞき込む。

「なにか、あったのですね」

 自分の心を見透かすような言葉に、ディアーナはびくんと肩を揺らす。

「何か心配事があると、姫はいつも俯かれてしまわれますから。……私が伺って宜しいことでしょうか?」

 シルフィスの優しい声音に、ディアーナはその菫色の瞳をじわっと潤ませると、目の前の親友に抱きついた。




「…そうですか、やはりガゼルは転属を受けたのですね」

「その話を小耳に挟んだときは、まだ、もしかしたらと思っていたんですの。もしかしたら、その話を断って、わたくしの傍にいてくれるかもと…」

 言葉にしたことで感極まったのか、大粒の涙がディアーナの白い頬を伝う。

「わたくしの我が儘だとわかっていますのよ。でもいや…いやですわ。ガゼルが行ってしまうのは……」

 ディアーナはシルフィスの服をきゅっと握りしめると、その胸に顔をうずめ小さな嗚咽を漏らす。シルフィスもかける言葉が思い浮かばず、そっとディアーナの肩を抱いた。

         ☆★☆★☆ 

 日もすっかり落ちきり、空は闇の領分となった時刻、騎士団の寮に戻ったシルフィスは、いつもどおり自室に戻りかけ…ふと足を止めると、別棟の、ガゼルの部屋へと方向を変える。何を言いたいのか、何が言えるのかわからないけれど、何もせずにはいられない。その思いでガゼルの部屋の前まで歩みを進めたシルフィスは、ノックをしようと握った手をかざし…部屋の中から聞こえてきた声に、その手の動きをとめた。


「…本当に、いいのだな。今ならば、まだこの辞令を斥けることもできるのだぞ。小競り合いとはいえ、争いは争いだ。剣技についてはお前とシルフィスは騎士団でも指折りだが、それでも万が一のことがあれば…姫が悲しむ。軍部…いや、もっと上だな…その思惑に、むざむざ乗るのか」

「…煙たい奴は戦場へ、ってことですか。だけど、それは俺にとっても、都合がいいんです。――俺は、ディアーナのために、強くならなくちゃいけない。実力も…立場も。そのためには、王都で安寧に身を委ねるわけにはいかないんです。お気遣いは嬉しいですが、一日も早くあいつの傍に並び立てるようになるために、俺は転属を受けます」

「――そうか。わかった、もう何も言うまい」


 シルフィスは、かざしたままの手を下ろすと、扉に背を向け、足音をたてぬように、そっと立ち去った。その暫し後、扉はキィッと音を立てて開き、黒髪をした長身の男性――レオニス=クレベールが、扉から廊下へとその姿を表す。そしてふと、何かに気づいたようにその場に足を止めた。だがそれも数瞬のこと。その男性は表情に感情を出すこともないまま、その場から立ち去った。――ただし、帰るには逆の方向へと。
 シルフィスが部屋を与えられている別棟へとの渡りで足を止めると、暗闇の中、中庭に茂る樹々のうちのひとつの幹に、レオニスはその視線を投げかける。

「…シルフィス、いるのだろう?隠れることもあるまい」

 かけられたその言葉に、その樹の根本の茂みががさりと揺れる。その幹の影から、シルフィスが姿を見せる。

「…はい、申し訳在りません。立ち聞きする気も逃げる気もなかったのですけれど…」

 俯き加減に答えるシルフィスの頬は、見つかったこととは別種の恥ずかしさに染まっていた。

「ガゼルは、強いですよね。姫のために…姫の傍に在るために王都を離れる覚悟を決めたのに。私が思っているより、ずっと覚悟がいるのに、そんなガゼルに意見しようとした自分が…とても恥ずかしくて…」

 レオニスは、そっとシルフィスの髪を撫でる。その瞳は優しく、それまでの感情を押し殺した瞳ではなく、愛しい者を見る者のそれであった。

「恥ずかしく思うことはない。相手を思いやってのことを、恥ずかしく思う必要はどこにもない。ガゼルが王都を離れることで、姫が悲しまれるのも、事実だ」

「そう思ってくださいますか?…ありがとうございます、隊長」

「ガゼルがこうと決めたことだ。私たちは、姫の悲しみを少しでも柔らげることを考えればいい。……それから、シルフィス」

「…はい?」

 レオニスは、苦笑を浮かべると、シルフィスの前髪をくしゃりと軽く乱した。

「…もう私の小隊の部下ではないだろう。まだ……名を呼んではくれないのか?」

 レオニスの言葉に、シルフィスは耳まで紅くして俯いてしまった。



 それから数日の間、ガゼルは寮の部屋の整理に追われていた。少しずつ荷物を片づけながらも、先日のディアーナのことを気にかけて、なかなか集中しきれずにいた。
 哀しそうに、寂しそうに表情を曇らせたディアーナ。

「喜んで送り出すなんて、思ってなかったけどさ…」

 寂しがらせるとわかっている。わかっていながら王都を離れる自分に、身勝手さを感じないでもなかったが、周りに認めさせるだけの力を手に入れなければ、いずれ傍にいることも出来なくなる。

「やっぱり、我が儘かな」

「我が儘だね」

「そうか………………って、えええぇっっ?」

 独り言の筈の言葉に返ってきた台詞に、ガゼルは大声を上げつつ扉を振り向くと、そこには、開ききった扉に凭れるようにしてシルフィスが腕組みをして立っていた。シルフィスは無造作に握り拳を扉に向け、遅れたノックをコンコンと響かせると、凭れた扉から身体を離した。

「邪魔するよ、ガゼル」

 シルフィスは、いつも穏やかな彼女らしからぬ鋭い眼差しを、ガゼルに真っ直ぐ向けている。その傍らには、見習いの頃に自分たちが使い込んだ稽古用の剣が二振り、壁に立てかけてある。

「――寮を出る前に、手合わせしてほしくて来たんだ。つき合ってくれる?」



 剣の打ち合う甲高い音が、稽古場に響く。ガゼルが踏み込んで打ち込めばシルフィスは自らの剣でそれを受け流し、シルフィスが斬りつければガゼルは敏捷にそれを紙一重で避ける。レオニスの剣技を剛の剣とするなら、ガゼルは敏の剣、シルフィスは技の剣とでも言うべきか。剣捌きこそ違え、二人の実力は拮抗しており、なかなか決着を予測させてはくれなかった。

「ガゼル、姫をおいていくのか!」

「っ!」

 鍔迫り合いの合間に、シルフィスは言葉を滑り込ませる。ガゼルは微かに手をふるわせたが、次の瞬間には再びきつく剣の柄を握る。

「違うっ!」

 ガゼルは力任せに剣を薙ぎ払う。

「おいてくんじゃない!」

 シルフィスは後ろに飛び、再び間合いを取る。そして間髪をいれずに再び踏み込んで斬りつけた。

「姫は、泣いてたよ!」

「なっ…」

 ギィン、と鈍い音を立て、シルフィスの剣を自らの剣で受けたガゼルは、今日幾度目かの動揺を浮かべる。剣を合わせたまま、じりじりと稽古場の隅へと押しやられ、汗がその頬を伝う。
 それまで鋭い表情を浮かべていたシルフィスは、眼光を和らげると、いつもの優しい声で、ガゼルに語りかけた。剣に込めた力は緩めぬままに。

「――姫を、泣かせたまま行ったら、許さないよ」

「…!」

 ガゼルの柄を握る手にさらに力が込められ、その表情は強張った迷いのある表情から、鋭く、ただただ真剣な眼差しになる。その表情の変化を見て取ったシルフィスは、微かな笑みをその口の端に刻んだ。

「――――そこまで!」

 聞き慣れた、低い声が稽古場に響く。剣を合わせていた二人は、ゆっくりとその腕を降ろした。
 シルフィスは驚いた様子もなくガゼルに背を向けると、その足を稽古場の入り口へと進め、その声の主へと頭を垂れた。

「勝手な真似を許して頂き、ありがとうございました、隊長」

 レオニスはシルフィスに微笑みかけると、ガゼルの傍に歩み寄り、呆然と立ち尽くしている彼の頭を、ごく軽く小突いた。

「お前の選択が間違ってるというつもりはない。だから行くなとは言わん。だが姫を悲しませたのでは本末転倒だろう」

 それだけを言って、レオニスは稽古場を後にする。シルフィスは、ガゼルの顔をのぞき込んだ。

「ごめん、ね。黙っていられなくて」

 そうしてシルフィスも踵を返し、稽古場から出ていこうとした。

「シルフィス!」

 ガゼルは咄嗟にシルフィスを呼び止める。振り返ったシルフィスに、ガゼルは苦笑を浮かべた。

「…ありがとな。俺、前を見ることに夢中になって、周りを見てなかった。一番大事な奴を、傷つけていくとこだった」

 シルフィスは、顔一杯に嬉しそうな笑みを刻む。

「…姫を悲しませないで。それから、絶対無事で帰ってこないと、許さないからねっ、相棒!」

 ガゼルはぐっと右手拳の親指を立て、それに応えた。

         ☆★☆★☆ 

 ディアーナは自室のバルコニーから夜空を見上げる。あれ以来逢えていない想い人を無意識に空に思い浮かべる。こうしている間にも、彼が発つ日は刻々と近づいている。

「いってらっしゃいとも、気をつけてとも言えていませんのに…」

 逢いたいけれど、逢うのも怖い。また我が儘を言って、彼を困らせてしまいそうで。ガゼルが上を目指すのは自分のため。ディアーナの傍にいたいがため。それをわかっているのに、自分はただただ相手を束縛している。自分の言っていることは子供の我が儘だ。ガゼルはしっかりと前を見て成長しているのに、自分は何故こんなに子供のままなのだろう。

「…ガゼル、ガゼル…逢いたいですわ。逢って、せめて一言謝りたいですのに…」

 ディアーナは、顔を手で覆って、静かに涙を流した。


「俺も、逢いたかったよ」

 不意に届いた言葉に、ディアーナはばっと顔を上げる。見上げれば、窓近くの大きな樹の枝に、騎士の正装を纏った、白銀の髪の少年がいる。

「ガゼ……!」

 大声を出しそうになった口を慌てて手で覆うと、ディアーナは周りを確かめる。誰の人影も無いことを確かめると、ほっと安堵のため息をついた。

「ガゼル…!こんな時間にこんなところにいらっしゃるなんて…見つかりましたら、ただでは済みませんのよ!」

 声のトーンを落としたディアーナの言葉には直接返事をせず、ガゼルは自らのいる樹からディアーナの部屋のバルコニーへと飛び移る。枝が撓り、葉擦れの音が、着地音を掻き消す。
 月を背にしたガゼルは、白を基調とした騎士の正装と銀色に輝く髪が、白く眩い月明かりと相まって、幻想的なほどに凛然としていた。ディアーナは、夜の魔法にかかったように突然舞い降りてきた恋人の姿に陶然とする。はっと我に返ると視線を逸らしながらも、精一杯詫びの言葉を紡ごうとする。

「あ…ガゼル、その…許してくださいましね。こないだのこと…。わたくし…」

「ディアーナが謝ることなんて、何にもない。俺の言葉が足りなさ過ぎたんだ。…お前を泣かせたままじゃ行けないから。俺の気持ち、ちゃんとわかって欲しいから。だから来たんだ」

 ガゼルは、未だ濡れるディアーナの頬を自らの指で拭った。


「覚えてるか?俺、言ったよな。顔も知らない王家のために命を捧げることは無理だけどディアーナのためにだったら、死ねるって」

「…ガゼル…?」

 突然何を言い出すのか、とディアーナは目の前の恋人を見上げる。ガゼルは不敵な表情を浮かべる。その眼差しは、すでに少年とは言えぬ、騎士のそれだ。

「俺にとってディアーナがすべてだ。俺の『剣の意味』はディアーナのためにある。だから俺はお前のためにしか死なない。絶対に、お前のいないところでは死なない」

「………ガゼ…ル…」

 ディアーナは、涙を浮かべながらも、にっこりと微笑んだ。涙の雫が月明かりに照らされ、まるで真珠のように煌めく。

「ええ……ええ、忘れるはずがありませんわ、ガゼル。わたくしの騎士はあなただけ。わたくしの前で死ぬのもいけませんけれど、わたくしの知らぬところで死ぬのはもっと許しませんわ。きっと…きっとご無事で帰っていらして…!」

「我が姫の、望むままに」

 ガゼルは、ディアーナの前に傅くと、そっとその白い手をとる。ゆっくりと、唇をその手の甲にあてる。それは、騎士としての誓いのキス。
 立ち上がると顔を見合わせる。今更ながらの騎士の儀礼に、お互いぷっと吹き出してしまう。ディアーナとガゼルは、ひとしきり笑ったあと、どちらからともなく腕を伸ばし、お互いを抱きしめあい、その唇を重ねた。それは――恋人としての、誓いのキス。


 永遠とも一瞬とも感じられる口付けの後、二人は名残惜しそうに身体を離す。ガゼルは再び窓際の樹へ器用に飛び移る。それじゃあ、と振り返ったガゼルに、ディアーナはバルコニーから身を乗り出して呼び止める。

「ガゼル…愛してますわ!」

 ガゼルは、顔を真っ赤にして固まってしまった。


「…敵わねぇよな」
 とすん、と樹を伝って降りたガゼルは、ディアーナの部屋を見上げ、王宮中庭で苦笑とともに呟きを零した。

「そりゃ、ディアーナだもの」

 ガゼルの呟きに応えるように、建物の影から聞こえた女性の声と、月光に透ける枯葉色の髪が夜風に揺れる。

「あたしに手引きまでさせたんだから。絶っ対帰ってきなさいよ。ディアーナを泣かせたら、ただじゃおかないからね」

「…ああ、サンキュ、義姉貴」

「…アネキって……ば…バカ!いきなり何よっ」

 少女は頬を紅く染めると、スカートの裾を翻し、その場から走り去る。近い将来に皇太子妃となる友人の背を、ガゼルは可笑しそうに見送った。

         ☆★☆★☆ 

「ま、何にせよ。ディアーナに笑顔が戻ってよかったわ」

 ディアーナの部屋での定例の女だけのお茶会で、枯葉色の髪の少女――メイのティーカップが、カチャン、と音を立ててソーサーに降ろされる。シルフィスも、香りを楽しむように掲げていたティーカップを手の上で玩びながら、優しい微笑をその表情に刻む。

「ええ、本当に。ガゼルも道を違えずにいてくれたようですし」

「当然でしょ。ディアーナは、ガゼルを選んだんだもの。あいつにはきっちりディアーナを幸せにしてもらわないとねっ」

「あら、わたくしはガゼルを選んだのではありませんわ」

 ふふ、と笑って言うディアーナの言葉に、メイとシルフィスの動きが止まる。お互いの顔を見合わせ、次いでディアーナをまじまじと見返してしまう。ディアーナは、言葉の意味を掴みかねている友人達ににっこりと笑って、三つのティーカップに新たな茶を注ぐ。

「選ぶのではありませんわ。結ばれるのですわ。人と人が愛し合うって…、そういうことだと思いません?」

 そう言って微笑んだディアーナは…『少女』の殻を脱ぎ捨てつつある『女性』の表情であった。

 メイとシルフィスの二人は、その言葉にそれぞれ想い人のことを一瞬脳裏によぎらせ、頬を染め再びお互いの顔を見合わせると、くすくすと嬉しそうに笑いを零した。そして『やはり我らがディアーナ姫は最高の姫である』との感想を浮かべあった。

 数年ののち、クラインの第二王女と銀髪の騎士との仲が公のものとなるが、その成就のために、金髪の騎士と枯葉色の髪の魔導士が影で暗躍したらしい…というのは、余談である。

オールカップリング企画の同人誌「All Lovers」に寄稿させて頂いた創作です。
この話で一番書きたかったのは、ディアーナとの語らい…ではなく(笑)、
シルフィスとの手合わせシーンだったりします(笑)。
拳と拳の語らいは好きじゃないけど、剣と剣との語らいって、結構好きなんですよね(笑)。――変かしら(笑)。
だけど描写力がないので、上っ面を撫でた感じの勝負になってしまったのが残念〜。