game
『本気にならないこと』
『束縛をしないこと』
『普段の立場は忘れること』
それが、無言のうちに取り交わしたルール。
互いに割り切った、一時の関係。
最初はゲーム(遊び)のつもりで。
「愛してる、なんて言葉、私は聞きたくないわ」
隣で横たわる彼女が、気怠げに、長い金の髪を掻き上げて言った。
俺は、吸っていた煙草をベッドサイドの灰皿でもみ消す。
煙草を嫌っている彼女も、情事の後の一本は大目に見てくれる。
これもお互いの間でいつの間にか決まった暗黙のルール。
「…何故だ?」
「だって、貴方は誰か一人のものになるのは似合わないもの」
彼女はくすくすと笑いながら、俺の髪に指を滑らせた。
すっと髪から指を離すと、大人びた眼差しを浮かべる。
「だから、私も貴方に愛されようとは思わない」
即答する彼女には、一片の迷いもない。
「…女は、嘘でもそう言って欲しいと言うものだと思っていたがな」
「まぁ、ね。言われて悪い気のする女は少ないでしょうね」
シュルリとシーツの衣擦れの音を立てて、彼女はベッドから出る。
床に散乱した衣服を手に取り、身につけ始める。
ふわり、と長い金髪を掻き上げる。
今の女王陛下とは少し違う、ほんの少しだけくすんだ長い金の髪。
緩やかにウェーブを描くその髪を軽く梳く。
『女』の顔から『少女』の顔へ。
『一夜の恋人』から、明日には新宇宙へと旅立つ『女王補佐官』へと。
たった数十分前のことが、まるでなにもなかったことのように、
彼女は鮮やかに変貌を遂げる。
「それじゃ、『オスカー様、失礼します』」
部屋に残る、かすかな残り香だけが、彼女がここにいたことの名残となった。
『惚れた方の負けよ、なんて言葉、言ってみたいわ』
勝ち気で自信家で、そして歳より少し大人びた少女。
『男女の恋愛なんて、ゲームみたいなものだと思いません?』
どこか割り切った醒めた眼差しをして、俺にゲームを持ちかけてきた少女。
『別に、恋人にしてなんて言ってませんよ。
だけど、好いた惚れたを抜きにした関係でもいいんじゃありません?』
そう、最初は遊び(ゲーム)のつもりで。
秘密の関係は病みつきになりそうなスリル。
気がつけば彼女のことをいつも気にしていて――
彼女を眼で追う自分に気がついた時には、もう手遅れ。
『愛してる、なんて言葉聞きたくないわ。
貴方は誰か一人のものになるのは似合わないもの。
だから、私も貴方に愛されようとは思わない』
一人の女性に縛られることなしに生きてきたのは事実。
過去の自分に鎖を繋がれる。
立ちはだかるのは、自分自身。
彼女の中にある、俺の人物像。
俺の中にあるプライド。
今までの自分の生き方。
すべてが枷となる。
相手のことを『思って』。『想って』。
ゲームが恋に変わるのは…遊びが本気に変わるのは、
意外と簡単なことかもしれない。
だけど、その逆は……難しいことを、知っている。知ってしまっている。
ベッドを出ると、シャワールームへと向かう。
ふと脱衣所の床の隅に、彼女のブローチが落ちているのを見つけた。
俺は無造作にそれを拾い上げる。
「愛を囁くだけで落ちる女だったら…よかったのにな。
――いや、そうじゃないからこそ惹かれたのかも知れんがな」
つぶやきながら、そっとブローチに口付けた。
彼女は自分の選んだ道を曲げない。
そして、俺もこれまでの自分を捨て去れない。
すべてを捨てて彼女を奪う、という選択肢を、俺は選ぶことができない。
最初から、先のない関係だと割り切っていた。
本気になるなら、二度と会えないことを覚悟しなければならない間柄。
勝算の少ない…そう、分の悪い賭みたいなもの。
「…………だがな、賭け事は嫌いじゃないんだぜ?」
俺は、苦笑を浮かべて呟くと、ブローチを置いた。
次元回廊の前で、彼女を見送る。
その表情には、迷いも躊躇いもない。
この俺を、本気にさせて、去っていくというのに。
「…罪な女だな、君は」
その傍らに歩み寄ると、彼女が忘れていったブローチを渡す。
「自惚れても、いいか?――君も、俺を想ってくれていた、と」
二度と会えるかわからない…最後のひととき。
今この時くらいは、男と女として話をしても許されるだろう。
彼女は微笑うと、そっとブローチを手で包み込んだ。
そのまま、すっと瞳を閉じる。
「恋かもしれない、と…思ったことはあったわ」
そして、ゆっくりその瞳を開く。
「だけど私は貴方より、彼女と新宇宙を選びます。
貴方が私を選ばなかったように、私も貴方を選べない」
そう。きっと俺たちが惹かれあうのも、互いを選べなかったのも。
すべては、最初からわかっていたこと。
だから、止めない。
彼女も、止められることを望まない。
…代わりに、俺は一つ誓いをたてる。
「俺はもう君のことをお嬢ちゃんと呼ぶことはない。
もし…再び会うことがあったなら…君の名を呼ぼう」
彼女は驚いて目を見開く。
俺は自嘲ともとれる笑みを浮かべた。
「『惚れた方の負け』――なんだろう?」
「…会うことがあったなら、ですね。…楽しみにしてます」
そう言って微笑った彼女は、鮮やかで美しい…少女の表情だった。
返したブローチは、彼女の去り際に、再び俺の手の中に押し込まれた。
もう一度出会えたら。運命のように、もう一度。
そのときに違う答えが出せるかはわからないけれど。
俺は自分の心を偽ることだけはやめよう。
誰はばかることなく、君の名を呼ぼう。
俺を狂わせた、金色の女神の名を――。
fin.
初挑戦、オスレイ創作でした。何故突然オスレイ?
それも含めて解説もどきの語りを徒然なるままに。暫しお付き合い下さい(笑)
書きたくなったきっかけは、実はコレットが主役のはずの「トロワ」なんですね。
序章で、助けを求めに来たレイチェルに中堅組が付き添って聖地から新宇宙に行き、霧に巻かれるまでのくだり。
お気づきの方も多いと思いますが、この間、オスカーはレイチェルのことを、一切「お嬢ちゃん」とは呼んでいないんです。
最後まで一貫して、「レイチェル」と呼び捨てているんですね。
女王候補は勿論、新宇宙の女王すら「お嬢ちゃん」のオスカーが、ですよ?
物書きとしては、そこに妄想を刺激されるってなもんです(笑)。
そして、女王候補の中で、男女の関係を割り切って考えられるのは、一番年下ですが、やっぱりレイチェルだと思います。
もちろん、純情で、使命より恋を選ぶ、というレイチェルだって好きですが、あえて割り切った関係を持つ、どこか醒めたレイチェルを描写したかった。
さーて…それから…。あはは、う〜ん、気づいた人、いそうだな〜(汗)
オスカーの『愛を囁くだけで落ちる女だったらよかったのにな』の台詞。
……はい。ファンタスティックフォーチュンのシオンの台詞ですね〜(汗)
ああっ、言わなきゃわかんない人もいるのにっ!(笑)
そんなわけで、そこらへんの言い訳をちょっと。
アンジェをはじめとする、他の女性だったら、オスカーが愛を囁けば、おそらく使命を捨てても恋を選ぶ…いや、選ばせることができると思います。
でも、少なくとも今回のレイチェルは、恋を選ばない。愛されることを望まない。
そして、オスカーはそんなレイチェルに本気になってしまった…。
それが今回の話の主軸でもあります。
そんなオスカーにぴったり合う台詞が、これ以外に思いつかなかったのです。
…………ええ、そーです、すべては藤之の不勉強さ故です(爆)。
できれば、レイチェルは最後まで醒めて、かつ凛とした女性にしたかったし、オスカーも、レイチェルに本気になっていく課程などの描写をしたかった。
結局は、自分の文才が追いつかないばっかりに(苦笑)。
気がつけば、けっこー長い語りに。しかもあんまし内容ないし。(爆)
え?貴重な時間を返せ?………ごめんなさい♪てへっ♪(こら)