笑顔を見せて



謁見の間は、嫌いだ。

あいつの傍にいるのが嫌な、たったひとつの場所。
たった数段の階段を挟んで…こんなにも近い距離なのに、
それ以上近づくことは許されない。あいつは――『至高の存在』だから。
痛いほどそれを感じさせられる場所。

だから、俺は謁見の間が嫌いだ。



「――承知いたしました。では、そのように取りはからいます」

ジュリアスが、恭しく頭を垂れて、散会となる。


一人、また一人と謁見の間を後にしていく。
俺は、床を見つめたまま、その場を動かない。

あいつはいつも、最後の一人が謁見の間を出るまで、自分も去ろうとはしない。

「――ゼフェル?」

あいつは心配そうに声をかける。
その言葉に、俺はそっけなく「なんでもねぇ」と返す。

俺のことをほんの僅かでも気にかけてくれていることを確かめたくて、
何度同じことを繰り返そうと、俺は態度を改めない。
女々しいと想いながら、それでも。
それがたった一つの、頼りない支えのように。



俺はいつも一番傍にいる。
そしていつも一番遠いところにいる。

俺の目にもわかるほどに、あいつは輝いてる。
触れることすら叶わない不可触の女神。


屈託のない笑顔を見せていたのは、遠い過去ではないはずなのに、
今のあいつに浮かぶのは、どこか作られた笑顔。
みんなは気が付いていないのか?それとも俺の目がおかしいのか?

だって、それでもあいつは幸せそうだ。


俺は変わらない。

なのに、お前は手が届かない。
ただ、お前が「女王」である、たったそれだけで。



ただの少女でいたあいつに、言えなかった一言。
そのたった一言を伝えられたら、俺達は変われたんだろうか?
それとも、今のままが一番いいのだろうか。

わからない。俺には答えが出せない。



なんで気持ちには、いつも形がない?

この胸を引き裂いて、この想いを掴み出せるなら、
どれほど俺の心がお前で染まってるか、見せてやれるのに。

いっそそのまま、土塊に還ってしまうのもいい。

行き場のないこの想いは、はけ口を求めて荒れ狂ってる。
狂った想いをお前にぶつけちまう前に。


遙か高みの頂に君臨する至高の存在となっても、傍にいられる喜び。
傍にいるのに、手を伸ばすことも出来ない苦しみ。
心からの笑顔ではなくなったと思うのに、
それでも不幸さは微塵も感じさせないお前の笑顔。
何もできない――そんな無力感を抱える俺の苛立ち。

いくつもの矛盾とジレンマを抱えて、俺は日々を過ごす。



「好きだ」なんて言えない。
「愛してる」なんて言えない。

そんな簡単な言葉で納まる感情じゃない。


あいつはいつも笑ってる。
あいつはいつも幸せそうに笑ってる。

――俺がその笑顔を作ったんじゃないことが、嫌になるほど憎らしい。

憎らしいから――いつか心からの笑顔を、俺が出させてやる。
――もう、女王も守護聖も、知ったことか。






謁見の間は好き。

あの人の傍にいられるなら、どこだって好きだけど。
「女王」が恋をすることに、みんないい顔をしないけど、
たった数段の階段を挟んだだけで、こんなにも近くに、
「女王」でありながら、あの人の傍にいられるから。

だから、私は謁見の間は好き。


謁見を終えて解散するとき、あの人はいつも最後まで残る。
だから、私も最後まで残る。
俯いて、床に視線を固定したままのあの人。

……私を見て欲しいのに。

だから、名前を呼んでみる。精一杯、自然に。
そっけなく「なんでもねぇ」と吐き捨てて、ようやく謁見の間を去っていく。

そんな様子も前と変わらない。
それが嬉しくて…私は同じ事を繰り返す。
なんの進歩にもならないことを知っていながら。
「変わらない」ことが嬉しいから。



時折鏡を見つめると、笑顔が硬くなったな、と思う。
多分、誰も気づいていない程度。

女王になってから、はっきり気づいた。
私が心から笑えるのは、ただの男と女として会えていた、あの人にだけ。
それは自分でもわかっているけど、だけど今の私は不幸じゃない。


あの人は一番近くにいてくれる。
あの人がいてくれるから、いつもこの宇宙を愛していける。

女王だからじゃない。
私はあの人がこの宇宙にいてくれるのが嬉しいから。
だから、あの人がいるこの宇宙を、愛していける。



私は変わらない。
女王になったからって、何が変わるわけでもない。

変わったのは――あの人の態度。
手を差し伸べてくれれば、いつだって握り返すのに。
こっちから差し伸べた手には、気づいてもくれない。



ただの少女でいられたあのころに、言えなかった一言。
もし、言えていたら、何かが変わっていたかしら?
それとも、今のままが一番いいのかしら。

わからない。私には答えが出せない。



どうして、いつも心には形がないの?

もしこの心を引きずり出すことが出来るなら、
どれほど私があの人を好きなのかを、みんなに誇れるほど愛していることを、
高々と掲げてみせるのに。


このまま風に溶けてしまえればいい。

そうしたら、あの人の傍だけで戦ぎ続けることができる。

私の心はあの人にしか向かわない。
あの人だけにしか向いていないことを、あの人が気づいてくれないだけ。



時を超越した存在の筈のあの人と、傍にいられる喜び。
傍にいるのに、嬉しさを表すことも出来ないもどかしさ。
心からの笑顔はしなくなっても…でも、幸せを感じる事が出来るのに、
あの人は私を見てくれなくなった…そんな苛立ち。

いくつもの複雑な想いを抱えて、私は日々を過ごす。



「好きだ」なんて言わない。
「愛してる」なんて言わない。

そんな簡単な言葉で納まる感情じゃない。


あの人がいるから、私はいつも笑っていられる。
あの人がいるからこそ、私は幸せ。

こっちから折れるのはしゃくだから。
私の笑顔は貴方がいるからだって――
あの人が気づいてくれるまで…………なんにも言ってあげない。


fin.


鋼様誕生日記念創作です。
それにしても、誕生日創作が、誕生日が全然関連しない話ばかりなのは何故なんだ自分。
ゼフェル×リモージュは大好きです。CDですっころんだカップリングですが、
一番前向き少女と一番後ろ向きナイーブ少年の組み合わせが、なんかツボです(笑)