coward


「お嬢ちゃん、このところ、俺のところには
あまり来てくれないんだな。
俺は寂しくて気が狂いそうだぜ?」

「あら、私が執務室へ伺うときにはオスカー様がお留守だったんですよ。
でも今はアルフォンシアが炎の力を求めてないんです」

「つれないな。俺はいつでもお嬢ちゃんのことばかり考えているのに」

「あらぁ?こないだレイチェルにもそんなこと言ってませんでした?
でも、今度お話に伺いますよ。その時は私のお相手をして下さいね。
それじゃ、私は学習に行かないといけませんから…失礼します」

人の行き交う宮殿の廊下で、さらりとオスカーの台詞を躱して
去っていくのは女王候補アンジェリーク。

最初は彼女もオスカーの気障な台詞にいつも頬を染めていたものだが、
幾度も会話を交わすうちに、やりとりを心得るようになってきた。


平然と自分の言葉を受け止められていると、
それがアンジェリークが本気じゃない証に見え、
内心穏やかでないのはオスカーの方である。

幾多の女性を虜にしてきたオスカーが、
この琥珀色の髪の少女に、自分でも信じられないほど心を奪われているのだ。
恋の手練手管に長けているわけでもない少女なのに、
…いや、だからこそ、その汚れない輝きに惹かれたのだろう。


去り行くアンジェリークの後ろ姿を見送った後、
オスカーは壁に寄りかかり、天井を見上げるように顔を上げると、
自分の右手を、顔を覆うように被せた。


自分が、恋した相手に、これほど臆病になるとは思わなかった。


わかっているのだ。これでは駄目だと。
彼女に自分が本気だと伝えなければ何も始まらないのに。
いつもの軽い調子で口説き文句を言っているだけでは、
アンジェリークに伝わるわけがないのだ。
それでは、「その他大勢の女性」と同じであることを、
誰よりもアンジェリークが察知しているのだから。


「だが、想いを伝えて…それからどうなる?」


彼女が自分だけを見ていてくれている、そんな自信があるのか?


そこで、オスカーの思考はストップしてしまう。

もし…彼女の口から拒絶の言葉がでたら、
…きっと、自分は壊れる。

今の自分が自分でなくなるだろう。

それが恐ろしくて。

だから、今までどおりの関係に甘んじて。


「…どうしようもないな」


オスカーは、自嘲の笑みを浮かべると、庭園へと足を向けた。


いつも明るくにぎわう庭園を、気晴らしに散策していると、
カフェテラスからこちらに向かって手を振る人影が目に付いた。

「オスカー様ぁ!こんにちはぁ!」

よく通るその声の主は、もう一人の女王候補。
蜂蜜色の肌をした少女、レイチェル。
歩み寄ると彼女は隣の椅子を引いて手招きをした。

「ご一緒にどうですか?」
「…そうだな、お嬢ちゃんのせっかくのお誘いだ。
ありがたくお受けするとしようか」


しばらくレイチェルと共に談笑していたオスカーだったが、
レイチェルの発した台詞に凍り付いた。


「え〜?アンジェったら、オスカー様のとこに育成のお願い行ってないんですか!?
こないだの視察じゃ、アルフォンシアは炎と風の力を欲しがってるって言ってたのに」


オスカーの持つコーヒーカップが、ガチャンと非音楽的な音をたてる。

「…そうなのか?」

オスカーは表面は冷静を装いながら問い掛けた。

レイチェルはオスカーの微妙な表情の変化に気づいたが、
気づかぬふりで話を続けた。

「今日エルンストに、ルーティスとアルフォンシアの育成データ
見せてもらったから、間違いないですよ。
…アンジェ、先にランディ様の方にいったのかなぁ」

レイチェルの台詞の後半はオスカーの耳に聞こえていなかった。


ぐるぐると世界がまわっているような錯覚に陥る。

先刻逢ったばかりのアンジェリークは、はっきりと
「アルフォンシアは炎の力を求めていない」と言ったのに。

レイチェルが嘘をつく理由はない。
そんな嘘をついたところで、彼女になんの利益があるわけでもないし、
王立研究院にいけば易々とばれる嘘をつくとも思えない。

だとするとアンジェリークが嘘をついたのか。

現に彼女は自分のところに来るのを先ほど断ったのだ。

アルフォンシアの希望に背いても、
自分のところに来るのが嫌だということか…?


「あ、アンジェリークぅ〜!」

突然隣で叫んだレイチェルの声に、オスカーは我に返る。

手を振るレイチェルの視線の先には、…アンジェリークがいた。

ここでアンジェリークが誰か他の男と一緒だったりしようものなら
嫉妬に妬き狂ったかもしれないが、幸い、今は一人だった。
アンジェリークは視線をこちらに向けると、明らかに驚愕の表情でオスカーを見た。

そして、背を向けたかと思うと、一目散に駆け出してしまった。

「…待ってくれ、お嬢ちゃん!!」


咄嗟に椅子から立ちあがり、オスカーはアンジェリークの後を追おうとした。
一瞬躊躇したのは、傍にいたレイチェルを気にしたからである。

だがそれも一瞬のこと。
「…すまない、お嬢ちゃん。今日のデートはここまでだ。
この埋め合わせは後日、かならず」

オスカーはその場にレイチェルを残してアンジェリークの後を追った。


カフェテラスに一人残されたレイチェルは、一口紅茶を啜ると苦笑を浮かべた。

「後日の埋め合わせ…って、どうする気だろ。
デートの続きなんかしたらアンジェリークがどう思うかなぁー。
女性に親切なのはいいけど、度が過ぎると大切なもの逃がしますよ、オスカー様?
…ま、今回はそのことに気づいたみたいだけどね」



アンジェリークは予想外の俊敏さでオスカーから逃げ回った。
庭園を抜け、森の湖まで追いかけっこは続いた。
滝の前すら通り過ぎ、その先の森の中へと逃げ込まれた。


「お嬢ちゃん、待ってくれ!!お嬢…アンジェリーク!!」


名前を呼ばれて、アンジェリークの速度がほんの少し落ちた。
オスカーにはそれで十分だった。
あっという間に追いつかれ、腕を掴まれる。
オスカーはアンジェリークを引き寄せると、
そのまま近くの樹の幹に押し付けた。

「…やっと、捕まえたぜ。俺のお嬢ちゃんは見かけに依らず俊敏なんだな。
女性に逃げられるってのは、あまり経験の無いことなんだがな」

アンジェリークは頬を染めたまま、オスカーの視線から逃れるように顔をそむけた。


「さて…是非答えて欲しいことがあるんだが、
…何故俺の顔を見たとたん逃げたりしたんだ?
…顔を見るのも嫌なほど…俺が嫌いなのか…?」

いつものオスカーらしからぬ切ない声と問われた内容に、
アンジェリークは驚きの表情を隠せず、オスカーを見返した。

「嫌いだなんて…、どうしてそんなこと…?」

アンジェリークは俯いて、瞳を潤ませた。

「…逆なのに…。…好きだから…だから顔を見るのが辛かったのに…!!」

今度は再びオスカーが驚愕する番だった。


「…精一杯『普通』を演じていたのに……!!
他の女性と一緒に笑っているオスカー様を、
他の女性に優しくしているオスカー様を、
どうして平静に見ていられるって言うんですか…!!」


堰を切ったように涙を流しながら言い募るアンジェリークの顔を、
オスカーは両手で包み込むと、溢れ出す言葉を飲み込むように、その口唇を合わせた。
驚愕に瞳を見開いたアンジェリークも、次第にされるがままに口付けを受け止めた。


「…許してくれ。俺は…俺は臆病者だ。
女性に先に言わせるとは…男として失格だな。
俺も君に言わなければならないことがある。
…好きだ。…君を愛している…。俺が求めているのは君だけなんだ。
この身のすべてを君のために捨ててもかまわない。
…好きだ、好きだ。これが俺のたったひとつの真実なんだ」

愛の言葉を囁きながら、オスカーはアンジェリークの小柄な身体を掻き抱いた。
アンジェリークは、ぼぅっとした表情でオスカーを見つめていた。

「ほんとう…に?オスカー様が…私のこと…?」

オスカーの広い胸に縋りついて、アンジェリークは幸せそうに涙を零した。


しばらくそうして抱き合った後、オスカーはアンジェリークに問い掛けた。

「レイチェルから聞いたんだが、
アルフォンシアが炎の力を求めているそうじゃないか。
それなのに俺のところに来なかったのは…何故だ?」

憮然とした表情で問い掛けられ、アンジェリークは心底不思議そうな顔をした。

「…アルフォンシアが…?…え?
こないだの視察で頂いたデータ表じゃ…」

「……なんだって…?」




一方、そのころのレイチェルは、王立研究院へと足を運んでいた。

研究院に足を踏み入れたレイチェルの姿を見て、
深々と溜め息をついたのは、研究院の主任エルンスト。
レイチェルはひらひらと手を振りながら、エルンストに笑いかけた。

「はぁ〜い、協力ありがと、エルンスト♪恩に着るわ。
だって、あの二人、ほんっとにじれったくてさぁ。
でも、おかげでうまくいったみたいよ」


「…もう、これっきりですよ、レイチェル。データ表の改竄だなんて…」

「ま、このことでなんかあったら私も一緒に捕まってあげるからさ」

レイチェルはけろっとした表情で笑みを浮かべた。
確信犯の笑みであった。




事の顛末を察知した二人は、同時に深々と溜め息を吐いた。

「…やられたな」
「…やられましたね」


だがオスカーはアンジェリークの肩に手を置くと、
余裕たっぷりの笑顔で微笑みかけた。

「…ま、事の発端がなんであれ、俺はもう君を離すつもりはないからな」

アンジェリークは頬を染めながら、はにかんだように微笑むと、
肩におかれたオスカーの手に自分の小さな手を重ねた。

「…私も、もうオスカー様から離れる気はありません。
今まですれ違っちゃいましたけど…これからその分を取り戻していきたいです」


二人はどちらからともなく視線を合わせると、
再び、深く、甘い口付けをかわした。


今、二人を包むのは、静かに揺れる樹々のざわめきと、
ただお互いのぬくもりだけ──


fin.


初書きオスカー創作です。なんか、オスカーが少し『らしく』ないなと思うのですが、
まぁ、「恋したら男も変わるのよ」ということで。(←逃げてる逃げてる)
レイチェルが裏で糸引いてる、という設定は、結構早い時期から決めていましたが、
その時はも少しエルンストとレイチェルもラブラブにしようかと思ってました。
個人的にこの二人は好きなのです。でもまぁ、今回はキリ番創作だし、自分の趣味は後回しにしようと。