chapel



「…きゃあっ!」
「アンジェリーク…!!」

倒れた少女をかばうように異形の者の前に立ちはだかると、
空を切るように剣を一閃させる。
その軌跡をなぞるように、血飛沫に似た閃光が異形の者から迸る。
光がその異形の者を包んだかと思うと、それは人の形をとる。

また一人、己を取り戻す。


「お前、なんであの時攻撃しなかった!!
下手するとお前今の奴に殺されてたんだぞ!」
「ごめんなさい、アリオス…」
近くの村までようやくたどり着き、
アンジェリークの怪我を手当てしながら、俺は激昂した。

「まったく、また『元々人間だったんだから攻撃できない』ってか?
俺達はあいつら殺してるわけじゃないんだって、何度も説明しただろうが。
感情に流されんのも大概にしとけよ。…お前、いつかその甘さで命落とすぞ」
「…ごめんなさい、アリオス」

そう言って、俺は奇妙な想いに捕らわれる。


俺はいったい何を心配しているのだろう。
俺の目的のためにはその方が都合がいいはずなのに。
…アンジェリークが傷つくのを見たくない、なんて。
……どうして、そんなことを考えてしまう?



その時、耳朶を打ったのは、鐘の音。

鐘の音が聞こえる。それは厳かに。
鐘の音が聞こえる。それは祈るように。

誰かが鳴らしている教会の鐘の音。
遠く、近く、自分の心に響いてくる。
けして、良い想い出なんてありはしないのに。


教会に、最初に足を踏み入れたのは、
自分をおいて逝ってしまった、少女の骸を自分の手に戻すため。
それが…、最初で最後。
神に祈りを捧げるなんて、あいつが俺をおいていったときから、とうにやめた。


「…ス?…リオス。アリオスってば!!」

耳の傍で叫ばれて、我に返る。

「もうっ!ずっと呼んでるのにっ」
アンジェリークはすっかりご機嫌斜めだ。

「…考え事してたもんでな。…悪かった」
謝罪の言葉を告げると、アンジェリークはきょとんとした表情で俺を見返した。

「…なんか、素直なアリオスって珍しいわね。いつも、まぜっかえしたりするくせに」
「…お前なぁ。人が素直に謝ってるときはそっちこそ素直に聞け。
…ったく、さっきまで俺に叱られてたくせして」

くしゃくしゃとアンジェリークの髪を掻き混ぜる。
それをアンジェリークは、いつも嬉しそうに受ける。

「ふふっ、ごめんなさい、アリオス。
でも、私が一緒にいるときは、私のことを考えていて欲しいわ」
アンジェリークはそんなことをさらっと言う。

こんなとき、俺は言葉に詰まる。


無条件で寄せてくれる好意に対する戸惑い。
己の正体を隠してそばにいることに対する罪悪感。
俺を見つめるアンジェリークの瞳に感じる、強い感情。
そして、自分でも分からない、胸の奥に感じる暖かいもの。

それらが複雑に絡み合って、心に影を落とす。


こんな風に自分の心がわからなくなるとき、
俺は時折アンジェリークの方を振り返る。
そうすると、いつもアンジェリークと視線が合う。


そう、アンジェリークはいつでも俺を見つめている。


気づいちゃいけない。だけど気づいてしまった。

危険だ。そう、わかっている。
感情に流されてはいけないのは、誰よりも俺自身。
だけど、その危険が、何故か心地よくて…。



「結婚式かしら?」
アンジェリークが鐘の音が響く教会の方を眺めながら呟いた。
「葬儀かもしれないぜ」
そんな返答に、アンジェリークは片頬を膨らます。
「もう、ムードのない男は女に嫌われるわよっ」


そこまでは、ただの戯れ言だったんだ。


「…ね、アリオス。…お願いがあるんだけど…。聞いてくれる?」
アンジェリークが突然真剣な表情でそんなことを言い出した。
「何だよ、またろくでもないことに俺を巻き込むんじゃないだろうな」

「…そうね、ろくでもないことよ。
…でも私にとっては、とても、大切なこと…」


「今夜、月が天頂にくるくらいの時刻に、あの教会の前に来て」



時刻と場所を指定されたとき、…なんとなく嫌な予感はしていたんだ。



「アリオス、こっちよ」

教会の前にたどり着いた俺を、教会の扉から少しだけ顔を出して、
アンジェリークが手招きした。…教会の中へ。

あの出来事以来、教会には近づきたくはなかった。
嫌な思い出が甦るから。
しかし、アンジェリークの顔を見たとたん、
そんな意識はどこかに飛んでしまった。…不覚にも。

『教会』と、『アンジェリーク』。
それは意外なほど自然に、風景として溶け込んでいた。
彼女が『天使』と呼ばれるのが、すんなり納得できる。


教会に足を踏み入れた瞬間、視界に飛び込んできたのは、
白いパーティードレスに身を包んだアンジェリークの姿。


「ウエディングドレスがよかったんだけど。でもヴェールだけは本物借りてるのよ」
アンジェリークはドレスの裾を翻しながら、
あっけに取られている俺に、ヴェールをかぶりながら告げる。
「…ささやかな女の子の夢を、叶えて欲しいの」


「……真似事でいいの。私は…ここでは戦士、…戻れば女王。
…この先もたぶん、こんな機会はないから…。なら、せめて……。
ねぇ…アリオス…、私の我が侭を、聞いてくれる…?」

何をしたいのか、改めて言われるまでもなかった。


「…なにも、俺でなくても、他に適役がいるだろ。…そいつらに頼めよ」

ざわつく心を抑えながら平静を装って、なんとかこの場を誤魔化そうとした。
だが、アンジェリークは俺の腕に縋るようにしがみついて、
俺の「逃げ」を許さなかった。


そしてアンジェリークは決定的な一言を口にしてしまった。

「……嫌よ。他の人となんて…絶対に嫌。
好きな人とじゃないと意味がないから…アリオスじゃなきゃ…いやなの…」



俺は戸惑っていた。
一笑にふして立ち去ってもいいのに、…いや、立ち去るべきなのに、
…何故か…そうする気になれなくて。

気がつくと、静かにアンジェリークの手を取っていた。
自分でも驚くほどの優しい口調と表情で。

「…ほんの、真似事だけだぞ」

アンジェリークはぱあっと表情を輝かせた。
「ありがとう、アリオス!」


すべての生命が眠りについているような闇と静寂の中。
教会の中の灯りは、壁に架かる小さな燭台と、
ステンドグラスから微かに漏れる月明かりだけだったが、
それがかえってアンジェリークを神秘的に浮かび上がらせていた。

…女に目を奪われるなんてこと、もう一生ないと思ってたんだが…。


神父も仲人もいない二人だけの…結婚式。
アンジェリーク自身が誓いの言葉を口にする。


「───病めるときも、健やかなるときも、愛し合い助け合うことを誓わん。
二人を分かつものが、死の翼のみであらんことを──」


厳かな空気が教会を満たしたような錯覚。
いや、それは錯覚などではなかったのかもしれない。
だがそれを俺自身がはっきりと感知する前に、思考を停止させられた。

アンジェリークがいきなり俺の首に腕を回し、抱き着いてきた。
そして、咄嗟に抱き留めた俺と、口唇を重ねたのだ。


アンジェリークからヴェールが滑り落ちる。
口唇をそっと離すと、床に落ちたヴェールには一瞥もくれず、
アンジェリークは俺の胸に縋り付いて震える。


「……そうよ…死が二人を分かつまで…私の心は貴方のものよ…」


その瞳には大粒の涙が、それでも零れずに光っていた。

「ごめんなさい、アリオス。…でも、不安なの…。
なんだか、貴方が私をおいて、何処か遠くへいってしまいそうな、
そんな不安が離れてくれないの。
…不安で不安で、もう…どうしようもないの…。
…アリオス、お願い、最後の我が侭よ。
今夜だけ、今だけでいいから…ずっと抱きしめていて…」

その言葉に操られるように、再び俺は両腕をアンジェリークの背中にまわした。
最初はごく軽く、少女の力でも振りほどけるほど。
少しずつ、だが確実に俺は力を込める。


アンジェリークは、真実を感じ取っている。
それが何を意味するか、理解はできていなくても。


その少女の身体には重すぎるほどの、「使命」という重圧の中に、
また一つ「不安」の重しを背負っている。

押しつぶされないように、周りに呆れられないようにと、
アンジェリークはいつも精一杯毅然としている。
その不可視の翼を広げて、独りで耐えている。


だが今、俺の目の前にいるのは、不安に泣く、ただの少女。
その不安を掻き消してやりたくて、さらに腕に力を込める。
途端にアンジェリークは耐え切れなくなったように瞳に溜めた涙を零す。

寂しさと不安に泣く…きっと、仲間たちの誰にも見せない、弱い一面。

俺に見せる…俺にだけ見せる、本当のアンジェリークの姿。




鐘の音が聞こえる。それは厳かに。
鐘の音が聞こえる。それは祈るように。

耳ではなく、心に聞こえてくる、鐘の音。


神の御手によって奏でられるようなその響きは、俺の心に揺さ振りをかける。



俺のやろうとしていることは、本当に俺自身の、真実の望みなのか。

この少女の涙を見ても、俺は後悔せずにいられるのだろうか。

この少女の命を絶つことが、本当に俺には出来るのだろうか…?



──俺の中に溢れてくる、戸惑い、迷い、躊躇い──。


いくら己に問うてみても、答えが出ない。

ほんの少し前にはすべてに「是」と答えられたのに。
俺のどこかに、すべてに「否」と叫ぶなにかがある。


俺は……どうすればいい…?


……わからない。わからない…。


ただわかっているのは、今、アンジェリークを放っておけないということ。
泣き顔が…何故か胸に痛いということ。


だから…今は泣かないでいてくれ。
…今夜は抱きしめていてやるから。
…今は…傍にいてやるから。
俺に答えが出るまで…、こうしていてやるから。


だけど、ひょっとしたら一生答えが出ないかもしれない。


…それも…いいかもしれないがな………。



────そう、それは『死が二人を分かつ』まで────

今回は、あまりにもラストの台詞が重く、そして哀しくなってしまいました。
結婚式で時折使われる、「死が二人を分かつまで」という言葉は、
この二人にとって、あまりにも皮肉で、あまりにも残酷な言葉です。
当初は『アリオス』と『教会』の組み合せを書きたかっただけだったのですが、
アリオスの過去に教会と繋がるものがあったせいか、
どんどんアリオスとアンジェリークの葛藤が浮き彫りになってきてしまったような気がします。
…まぁ、ちょっと贔屓目入ってるかもしれませんが。

さて、本来これはキリ番創作とは言えません。なにせ、依頼されたのはイラストだったからね。
紆余曲折の末、この創作のイメージイラストに落ち着きました。いや、他のも描いたけど、失敗ばかりで…。
イラストへのリンクを以前ははっていましたが、あまりのヘボさにリンクをはずしました。ごめんなさい。
ほんとうに下手っぴイラストですし……