僕のやり方



「ユーリ、今日もいないんだ」

血盟城で一番広い部屋。
ことさら広いベッドに腰掛けて、
両足をぶらぶらとさせながら、オリーブ色の肌の少女が呟いた。


「まったく、可愛い義娘が留学先から戻ってきたというのに、あのへなちょこが!」

少女と少し離れたところに我が物顔でどっかりと腰掛けて、
腕を組みながらぷんすか怒っているのは、魔王陛下の婚約者、
母譲りのまばゆい金の髪に湖底を思わすエメラルドの瞳をもつヴォルフラム。

いつものことなので、いまさら宥める人物もいない。


ここは第27代魔王陛下たる、渋谷有利の私室だ。

だが部屋の主は頻繁に国を空けているため、
その間、この部屋を占拠しているのは、婚約者と愛娘。

無駄に広いこの血盟城なのに、何故か二人がいつもいるのはこの部屋だ。
――特に婚約者の方は。



「コンラッドも、まだいないんだね」

少女の言葉に、ヴォルフラムがぴくりと肩を動かした。

少女――グレタは、コンラートがいなくなったときに居合わせている。

ギュンターが弓矢で射られ、ユーリとコンラートが火で撃たれるという、
10歳かそこらの幼い子供にはあまりに衝撃的すぎたその場に居合わせながらも、
安否を問えるまでに精神的な回復を果たせるのは、彼女自身の生い立ちが複雑なせいかもしれない。

誇らしいほど利発で、純粋で。
――それが時折少し痛々しい。


「ああ……でも、生きている。それは間違いない。安心しろ」

人間の血が混じっていると知ってからは、酷く邪険にしてしまっていた次兄。
――今は、遠きシマロンの地だ。

生きていたと喜ぶには、彼の行動は裏が知れない。
だが………死んでいるよりは、はるかにいい。



親であるユーリやヴォルフラムだけでなく、眞魔国の皆に可愛がられているグレタは、
当のヴォルフラムが生まれたときから世話をしていたコンラートにも、もちろん懐いていた。


「……グレタも、コンラートに会いたいのか」

「えー?ヴォルフは、会いたくないの?」

直球で返されて、ヴォルフラムはうっと言葉に詰まる。

人間の血が混じっていると知ってからは邪険にしてしまっていた、
――それまでは、一番懐いていた次兄。
正直、いまでも彼の事を聞かれると、複雑すぎて答えに詰まる。

「……ここにいないのでは、悪態をついてやることもできないな」

「じゃ、会いたいんだね」

「……そういうことにしておいてやってもいい」




ヴォルフラムは姿勢を傾げると、ぼすんと背中をベッドに預け、
両腕を投げ出して天井を眺めた。

「――悔しいな」

「どうしたの、ヴォルフ」

「ユーリの心も、グレタの心も、あいつに持っていかれたような気がする」


コンラートが行方不明になった後、ヴォルフラムがユーリを見つけ出すまで、
その場に居合わせなかったヴォルフラムには、その間なにがあったかを知る術は今はない。

だが再会を果たしたときの、ユーリのあの張りつめた様子はあまりに痛々しくて、
――そしてユーリにそんなに心配されてるコンラートが、少し妬ましかった。

「……もし、僕がコンラートと同じ立場になったら、
ユーリは泣いてくれるかな…」


「――だめっ!」

突如高く響いた声に、ヴォルフラムははっと目を瞠って半身を起こす。

「やだよぉ……そんなこと…言っちゃだめ…っ」

隣の少女は肩を震わせながら、ヴォルフラムの方へと身を乗り出していた。
その瞳は、今にも零れそうなほど露を含んでいる。

「コンラッドみたいに…っ、お母様みたいに…っ、
会えなくなるの…そんなの……ぜったいだめぇ…っ」

ヴォルフラムは自分の迂闊な発言を悔いた。

グレタは利発で、強い子供だ。
だが――傷つかないわけではない。傷を忘れたわけではないのに。

幼い愛娘の肩をそっと抱きしめてやると、すまない、と小さく謝る。

ヴォルフラムの腕の中で、しゃくりあげながら、グレタはしばらく泣いていた。




頬を濡らした涙を拭いて、ようやく落ち着いたグレタが、
ヴォルフラムの軍服をぎゅっと握り締めながら、彼を見上げた。

「ねぇ、ヴォルフ。グレタはね、ユーリがいちばん好きだよ」

「僕もユーリが世界で一番だ!」

「うん、知ってる〜」

というか、知らない人など眞魔国中探してもいない。
好かれている当の本人は微妙に実感湧いてないようではあるが。


「でもね、グレタ、ヴォルフも好きだよ」

「僕も、グレタは可愛いと思うぞ」

グレタは、うーん、と言葉を探すように頭をひねる。

「……あのね、ヴォルフは、すごくまっすぐなの。
グレタが子供だからって、大事なこと隠したりしないでいてくれるでしょ。
間違ってるなら間違ってるって、はっきり言ってくれるでしょ」

「当たり前だ。嘘を付くなど卑怯者のすることだ」

自信満々に言って、ヴォルフラムは胸を張る。
普通ならば言わずに穏便に済ませるようなことまで、ヴォルフラムは真っ正直だ。
その当たり前っぷりが、周囲にわがままプーと言われる所以でもあるのだが。


「言葉に嘘がないし、飾ったりしないの。言葉の裏をさぐらなくていいの。
だから、ヴォルフと一緒にいると、背伸びしなくていいんだ。
それってすごく安心出来るんだよ」

グレタはヴォルフラムの軍服を掴んでいた手を離したかと思うと、
彼の首筋にぎゅっと抱きついた。

「だから、グレタはヴォルフが好き。ぜったい、ユーリもそうだよ」


ヴォルフラムは、身体一杯に愛情を表現してくれる少女の細かく波打つ赤茶の髪に、
彼の透けるように白い指を絡ませると、優しく撫でる。

あんなに嫌っていた『人間』の娘なのに、こんなに愛しい。

ユーリと自分との、可愛い可愛い娘だ。


この娘を悲しませるようなことはするものか。

なにより――ユーリを一人になんて、絶対させない。



ばかだな、僕は。
コンラートと同じようになる必要なんて、なかったんだ。

ユーリを護ることひとつにしたって、
コンラートにはコンラートの考えがあるのだろうし、僕には僕のやり方がある。

なら、恋愛に関してだって、僕のやり方でユーリを振り向かせてみせる。



「ユーリが僕を好き…?」

「うん!」

「……………よし!」


可愛い娘の後押しで気を大きくしたヴォルフラムは、
そう叫んでひとつ気合いをいれると、グレタの両肩に手を置いた。

「グレタ、お前もユーリが好きだな!?」

「うん!」

「ユーリにこの国にずっといてほしいな!?」

「うん!」

「じゃあ僕達親子の愛で、ユーリを落とすぞ!」

「おー!」


「ユーリ!本気で行くからなっ!覚悟しろ!」

ヴォルフラムは、握り拳を高々と掲げ、
この場にいない想い人に力強く宣言した。



こうして、ヴォルフラム&グレタ親子による、
『大好きなユーリを眞魔国へ留めよう連盟』が誕生した。


聖砂国へユーリが向かう事になる、一月ほど前の事であったとさ。

100のお題、No.54、「羨望」で、初まるマ創作でした(笑)
めざマのヴォルフとグレタのタッグがとっても楽しかったので、つい組ませてみたくなりました。
えーと……ヴォルグレだかコンヴォルだかユーグレだかコンユだか(笑)
ちなみに本人、ユーヴォルのつもりで書いてましたが、どうひいき目に見ても、ヴォルユっぽいです(笑)