薔薇を愛でて



風がざわめく中、蒼く長い髪を風に靡かせ、青年は墓地に佇んでいた。

土の下の棺は空。遺品が埋めてあるだけの――形だけの墓。
だが、墓は墓だ。
心の拠り所として、また弔いの意の現れとして、
残された生者にとって、墓は必要だったのだ。

「もう…10年になるんだな、エスタス」

呟きながら、青年は墓に花を添える。
その花は、薄い紫の花弁を風に揺らしていた。
そして青年はさして長くもない墓参りを済ませると、踵を返して馬車へと足を向けた。



古い邸に絡みつく薔薇の茨と、そしてその邸に住む者の名から、
いつしか「薔薇の館」と呼ばれた邸があった。
その邸の本来の主は…今は邸にはいない。
薔薇の花だけが、主人の帰りを待つように、変わらず邸を抱いている。

そして、王都から遠く離れたこの地に、その邸を懐かしむように、
薔薇の花を育てながら、ひっそりと暮らしている少女がいた。


キィッと音を立てて、小さな家の扉が開く。
小さいといっても、少女が一人で住むには十分な大きさの家だった。
年の頃なら15歳ほどの――3年前からこの家の主となった少女は、
家の裏にある井戸へと、水を汲みに行くのが毎朝の日課となっていた。
豊かにのびた薄紫色の髪がふわっと靡いて風を象る。

井戸から汲み上げた水を、庭に咲く薔薇へ与えながら、
少女はこの寂れた地には珍しい馬の嘶きと馬車の車輪の音を耳にした。
馬車が自分の家の前に止まったことを知っても、
馬車から降り立った男が自分の後ろに立ったことを察しても、
少女は振り向くことすらせず、薔薇に水をやる手を止めなかった。

「…失礼ですけど、お招きした覚えはありませんわね」

「――久しぶりだな、ミリエール」

少女の名は、ミリエール=ファン=ローゼンベルク。
3年前、シオン=カイナスの命を狙った少女だった。



「――なんですって?」

屋内へと場所を変えて、話を聞いたミリエールの第一声がそれだった。
シオンはもう一度言った言葉を繰り返した。

「聞いたとおりだ。3年前の事件によって、地方へと隠棲した者の、
王都帰還を許す―――そういうこと。ま、恩赦ってやつだ」

「…恩赦?」

訝しげに眉を顰めたミリエールに、シオンはああ、と返事を返した。

「公式発表はまだだけどな。セイルが…皇太子が妃を娶る。
近々この近辺にも噂は届くだろうよ。おめでたい話だろ?
で、罪の軽い者達には、減罪されて、放免される奴もいる。
お前も、その一人ってこった」


ミリエールは無表情に席を立つと、シオンに背を向ける。

「――帰って。わたくしは、今さら王都に戻る気はないわ。
今のまま、放っておいて欲しいのよ」


「――また来るぜ、ミリエール」

シオンのその言葉を背中に受け、ミリエールは哀しげに顔を伏せた。

「貴方に関わらずに生きていくつもりだったのに…どうして来たの…」



日を置いて、だが頻繁にシオンはミリエールの元を訪れる。
そして、頑なにミリエールは王都への帰還を拒む。
そんな堂々巡りなやりとりを続けていた。

「どうして――どうして放っておいて下さらないの……」

問いかける言葉に、答えは返らない。
物言いたげな瞳を浮かべて、だが口を閉ざしたまま、
青年は招かれざる客に甘んじていた。



それを数週間も続けていたある日の朝。
シオンがまだ訪れないうちに、とミリエールは、庭先の花を摘む。
父の墓へ、花を供える――これも、ミリエールの日課の一つだった。



いつもと変わらず風の吹きそよぐ中、父親の墓前に、人影があった。
一瞬シオンかと思ったが、服装からすると、女性のようだ。
その人影は、ミリエールに気づくと振り返り、にっこりと笑いかけた。

「こんにちわ。ミリエール…だったよね」

「貴女は…」

琥珀色の髪をした少女――いや、もはや少女と呼ぶには大人びた、
メイ=フジワラ――セイリオス皇子の婚約者。
ミリエールが3年前、シオンの命を狙っていた時、
関わり合いになった王女ディアーナの、大切な友人の一人だったはずだ。


「…で、皇太子殿下の御婚約者のメイ様が、何のご用ですの?」

「そーゆーご大層な呼ばれ方は苦手なの。メイでいいよ。
本当は貴女に会いに来たんだけど…その前にお墓参りがしたくて」

「…貴女には関わりのない者の墓よ」

「何言ってんの、貴女のお父さんのお墓だもの。大切なお墓よ」

まるで旧知の友人のように気さくに笑いかけるメイに、ミリエールは困惑を覚える。

自分は罪人なのだ。
3年前、自分は確かにこの手に剣を持って、シオンに斬りかかった。
公式発表がどうあろうと、たとえ減罪になろうと、それは紛れもない事実なのに。
まったく…ディアーナ王女といい、このメイといい、
クライン王家には、変わった者ばかり集まるのだろうか。


「――ちょうどよかったわ。貴女から伝えて下さらない?
シオン様に――『王都に帰る気は、これっぽっちもありません』と」

「どうして?」

問われ、一瞬ミリエールは言い淀む。
だが、それを表情の下に隠すと、メイの横に立ち、自らも墓前に花を供える。

「―――ここには、お父様の墓があるわ。
生者の都合でそれを軽々しく動かすわけにはいかない。
だからわたくしはここに残って、お父様の墓を護り続けるつもりなの」


「――……羨ましいな…。…私…もう一生、
お父さんのお墓参りなんて…できないから…」

ぽつりと言った台詞に、ミリエールは虚をつかれ、はっとメイの顔を見返す。

明るくて華やかなメイの噂は、どこにいても耳にしていた。
異世界からの来訪者。
異界より来たりた女神。

無責任に尾鰭の付いていくその噂に、裏打ちされた事実。
――それはすなわち、元の世界に戻れなかった少女のなれの果てなのだと。

「ごめん…湿っぽい話をしちゃったね。こんなこと言いに来たんじゃないの」



風に、花が揺れる。

自分の供えた白い花。
おそらくメイの供えた、紅い花。
そしてもう一つ、薄紫色をした花が風に揺れている。

墓参りが日課となっているミリエールはすでに察している。
この薄紫の花が、誰の手によって供えられたのか。
シオンが来訪した日を境に、毎日供えられているのだ。
ミリエールの元を訪れない日ですら。


「少し…昔話をしましょうか」

ミリエールは、花束から小さな花を一輪手に取り、
その細い指でくるくるとまわす。

「――…あるところに一人の少女がいたわ。
名門と呼ばれる家に生まれて…ごく普通に育っていれば、
同年代の少女たちと他愛もない話に花を咲かせたり、
――そんな、世間一般において幸せと言えるだけの環境にあったでしょうね」

ミリエールは花を玩んでいた手を離した。
花は緩やかに地面へと向かっていく。
それが地に着く前に、吹きすぎた風が花を浚い、舞い上がってゆく。

「…けれど5歳のとき、自分を愛し、また自分も慕っていた父を亡くした。
少女は一人の男を恨んだ。憎んだ。憎悪と復讐を生きる糧とした。
そして、それが潰(つい)えたとき、少女に残されていたのは、
過去と、一枚の絵画と、それから…悔恨の思い……。
だから………過去を抱いて、ひとり、ひっそりと生きていくつもりだった」

言葉を切ったミリエールは、ただ黙って聞いていたメイを振り向いた。

「――3年前のこと…貴女もご存じよね。
あのあと、隠棲という形で王都を去ったわたくしに2通の手紙が送られてきたわ。
1通はディアーナ王女から。もう1通は――
――父の部隊にいて、シオン様とともに生き残った者から…。
…内容は殆ど同じだったわ。
『シオンの咎ではない、シオンを恨まないで欲しい』と――」


幼かったミリエールには、父の死も、シオンへの疑惑も、
何でもないことのように聞き流すには、重すぎた。

理不尽な非難と知りつつ、己へ矛先が変わることを恐れ口を閉ざす、人の狡さも。
大切な人を失い、誰かを悪人として糾弾せずにはいられない、人の弱さも。
敗北から世論を少しでも逸らせようと、それに荷担する政治の醜さも。
ミリエール自身、年を経るごとに、よくわかってくる。


「けれど…あの頃のわたくしは、そのことにも気づかないほど幼かったのよ。
あの人が父を死なせたのだと…何の疑いも、何の躊躇いもなく恨んで。
シオン様はすべてわかっていて…甘んじて恨まれ、命を狙われることを受容した」

実力から言っても、ミリエールにシオンを殺せるわけもなかった。
だがおそらくシオンを殺せるだけの力が当時のミリエールにあったとしても、
やはりシオンは、狙われる立場に甘んじただろう。

そういう、人なのだ。彼は。

お人好しなくせに、そう思われることを嫌って、わざと偽悪者ぶって。
上手く立ち回っているように見せかけながら損な役回りを引き受けて。


ミリエールは顔を伏せ、その表情は流れる髪に隠される。
きゅっと握りしめられた手に、白いスカートが皺を作る。
ややあって、ミリエールは顔を上げる。

「…わかるでしょう?シオン様に刃を向けた者が…、
罪が減じられ許されたからといって、どの面下げて王都に戻れるというの?」


ああ…そうか――

ミリエールの話を聞いていたメイは、ふっと得心する。

彼女は墓を護ることを口実に、王都へ戻ることを拒んでいるのだ。
墓を護りたい、という気持ちに嘘はないだろうが、
それ以上の何かが、ミリエールを押しとどめている。

それが何なのか、今やっとメイにはわかった。


「シオンが…シオンに嫌われるのが、怖いの?」

「……………………………」


ミリエールは、自分の身体を抱きしめた。
メイの言葉を、嘘で誤魔化すのは容易い。
だが、父の墓碑を前に嘘をつくのは、自分自身が許さなかった。

「…あの人は、わたくしがいる限り、自分のことを――父を戦で失ったことを責める。
態度には出さなくても…わたくしがいること、それだけで、あの人の重荷になるわ」

「――バカね」

苦しそうに言ったミリエールの頭を、メイは軽くこつん、と叩いた。

「シオンは、そんなヤワな奴じゃない。
同情や憐れみで、復讐につきあうような奴でもない。
傷の痛みを忘れるような奴じゃないけど、その痛みを昇華するすべを知ってる。
ミリエール、貴女、好き――なんでしょ?シオンのこと。
惚れた男のこと、もっと信じてやりなよ」

「…メイ」




「あーあ、らしくないこと言ったわ!」

メイは突然表情を変えて明るくそう言うと、大きくのびをする。

「なーにが嬉しくて私があのスチャラカ魔導師の弁護をしてやらにゃいけないのよ。
別に私はミリエールの説得に来たんじゃないんだから」

シオンの代わりに説得に来たとばかり思っていたミリエールは驚いてメイを見返した。
メイは懐から一通の手紙を取り出した。
その封蝋は、ミリエールにも見覚えがあった。
ディアーナからの手紙に使われていた――クライン王家の封蝋。

「これが今回の私の本当の用事。ディアーナの婚約式の招待状よ♪」


皇太子の婚約者が、たかだか小娘一人に手紙を届けるために、
こんな寂れた地までやってきたと言うのか。
…まったく、どこまで常識はずれの皇太子妃となるつもりなのだろう。

くす……

言われるまま手紙を受け取ったミリエールは思わず口の端に微笑みを浮かべた。
おそらくミリエールは気づくことはなかっただろう。
その微笑みが、数年ぶりに、年相応の表情をしていたということに。

「…………返事はしばらく待っていただけるかしら。
少しだけ…少しだけわたくしに時間をくださる?」

メイは笑顔で頷くと、服の裾を翻して、墓の前から歩み去る。

ふと足を止めると、ミリエールを振り返った。
メイはミリエールに聞こえるか聞こえないか程度の声で、呟く。


「私は、セイルの想いに気が付くのに3年かかった。
…不器用な女よね。私も…そして貴女も。
――だけどね?私たちに、『消極的』なんて言葉は似合わないのよ?」

メイは悪戯っぽくそう言いながらも、大人びた笑みを浮かべた。





翌日――その地は晴れ渡っていた。
澄んだ青空のような髪を風に靡かせ、また今日も青年は墓に花を供える。

十字架に刻んである名は、青年に、深く影響してきた。
10年前と、3年前と、そして、今。

「…エスタス。悪いがお前さんとの約束…、破っちまいたくなってるぜ…。
…まぁもっとも、俺だけがどうこうしたところで破れる約束じゃねぇけどな」


「…お父様と何かお約束していたなんて、初耳ね」

振り返ったシオンは、そこに少女の姿を認めて、取り乱す。

「ミリエール…っ、おまっ…聞いてたのか!
…3年前もそうだったが、お前、
盗み聞きが上手いのは令嬢としてどうかと思うぞ」


「失礼ですわね。シオン様?
聞こえるときに聞こえるところで話しているのが悪いのですわ。
――それで、お父様との約束って、何ですの?」


シオンはしばらく沈黙を守っていたが、
ふうっと深くため息を付くと、観念したように口を開いた。

「…つまらん話だよ。俺がエスタスの下に配属された頃のことさ。
エスタスの奴、初めての娘が可愛くて仕方なかったらしくてな。
ことあるごとにロケットに入れた娘の肖像画を見せびらかしていたんだ」



『どうだ、可愛いだろう、シオン!』

『あー、もう何十編も見せてもらったよ。
そーだなー…あと10年くらいたって、口説き甲斐のある美人に育ったら、
そのときに改めて紹介してくれや、エスタス』

『シオン』

『あ?』

『娘はやらんぞ』

『ぶっ……あ、あのなぁエスタス!』



「で、いくら言って聞かせても納得しないエスタスに、
娘には手を出さないと約束させられた――とまぁ、そんな話さ」


「……お父様ったら…っ」

ミリエールは堪えきれないというようにクスクスと笑い出した。
そんなミリエールを、シオンはまぶしそうに見ていた。

………何年ぶりかな…お前の…心から楽しそうな笑顔を見たのは。

シオンは供えた花から、一輪の花を拝借した。
薄紫色の花弁を持つその花は、ミリエールの耳元を飾った。

「…この花な、花弁はもともと淡い紅色だったんだ。
それをエスタスの娘の誕生日の祝いに…つまりお前の誕生日の祝いに、
俺が、薄紫の花を付けるように品種改良したんだぜ」

「…知りませんでしたわ」

「成人までは内緒にするんだって、あいつが言ったからな。
エスタスの奴、この花をえらく気に入ってくれてな。
…お前が成人するときに、部屋いっぱいにこの花を飾るんだって、息巻いてたよ」

ミリエールは、その薄紫色の花を愛おしげに見つめた。

「お父様が…愛した花ですのね。
ねぇ、シオン様。この花、わたくしに育てさせて下さらない?」

ミリエールのその言葉に、シオンは一瞬躊躇いを見せたが、
次の瞬間、悪戯っ子のような表情を浮かべた。

「――そうだなぁ………、んじゃ、俺の邸に住み込むか?」

ぴきっ、とミリエールの表情が固まった。
たっぷり10秒ほども沈黙が流れた後、ミリエールは顔を上げた。

「――――……今、なにかさらっと、
とんでもない台詞を聞いたような気がしたのですけど」

「別にとんでもないこたないだろう?『俺の邸に来ないか』と言っただけだぜ。
この花は繊細でな。ちょっと目を離すとすぐに萎れちまう。
本気で育てるなら、それなりの環境を整えてやらんとな。
お前が来れば、俺の邸も賑やかになって退屈しないだろうし」

「…何を考えていらっしゃるの。自分の命を狙った女を館に招くおつもり?
世間一般がどういう目で見るか、おわかりにならないはずないでしょう?
わたくしを愛人呼ばわりさせる気ですの?」


「ああ、愛人呼ばわりは困るなぁ、お互い。
ならいっそカイナス夫人になれ。それですべて丸く収まるぜ?
もうすぐ俺も三十路に片足突っ込むしな。周りが身を固めろってうるさいんだ。
どうせいずれ結婚するなら、退屈しない女がいいしな♪」

「――冗談もたいがいになさることね。
助手が欲しければ人を雇えばよろしいでしょう。
形だけの妻が欲しいなら、それこそ言い寄る女性は無数にいらっしゃるでしょ。
そんないい加減な嫁選びで選ばれた方の身にもなって欲しいものですわ!」

怒りに声を震わせて言ったミリエールに、
シオンはふっと顔を優しげに綻ばせた。

「………ばぁか。誰でもいいなら、お前みたいなじゃじゃ馬を選んだりするかよ。
――言ったろ?…エスタスとの約束、破りたくなってるんだぜ、俺は」

シオンの軽そうな口調と台詞とは裏腹に、
その声は静かに、語りかけるようにミリエールの耳へとはいる。

ミリエールはぎゅっと手を握り、シオンに背を向けた。

「いつかまた、貴方に刃を向けるかもしれなくてよ」

「それも、退屈しなくていいな」

「王家に仇為した者の縁者を娶るだなんて、御父君に反対されましてよ」

「どーせお互い今でも嫌われてるんだ。仲良く嫌われようぜ?」


「……貴方って、バカね」

「バカか」

「バカよ」

「そうか」

「そうよ」




時間は流れ、ディアーナ王女の婚約式の日。

銀髪の騎士に手を引かれながら、薄紅の髪を結い上げ、
幸せそうに微笑むディアーナ王女を、人々の喝采が包む。

祝辞を述べる人々の中に、幾組かひときわ人目を引く男女がいた。


騎士団にその名を馳せる金糸の騎士と漆黒の騎士、シルフィスとレオニス。

「姫、ご婚約おめでとうございます!どうか、お幸せに…。
ガゼル、姫を泣かせたりしたら、許さないからね!」

「姫様の晴れ姿、国王陛下も…王妃様も、さぞお喜びでしょう。
我ら騎士団一同、これからも全身全霊をかけ姫様をお護り申し上げます」


皇太子とその妃、セイリオスとメイ。

「ディアーナ、おめでとう。流石は私の妹だ。
我が国で一番の花嫁になること疑いなしだ。
――ガゼル、妹を任せたよ。私の宝物だ。大切にしてやってくれ」

「おめでとう!今のディアーナ、すっごく綺麗だよ。
幸せいっぱいって感じがあふれ出てる感じだもん!」


幸せそうな王女と、照れつつもやはり幸せそうな銀髪の騎士へと
幾組かからの祝辞が述べられた後、人々が微かにざわついた。
そのざわつきをものともせず、悠々と王女の元へと歩み進む一組の男女がいる。

「おめでとう、姫さん。幸せになるんだぜ。
――もっとも、その幸せそうな顔を見ると、心配は無用みたいだがな」

青年の挨拶に続き、少女が頭(こうべ)を垂れる。
薄紫の糸が、少女の服の肩にさらりと流れた。

「――おめでとうございます、お姫様。ご無沙汰しておりましたわ。
またお会いできて…そして、こうしてお姫様の門出をお祝いできて、
わたくし大変嬉しく思っておりますのよ。ええ…心から」

「ありがとう……またお会いできて、わたくしこそ、嬉しいですわ。
わたくしの大切なお友達ですもの。会えなくて寂しかったですわ。
これからは、いつでも会いに来てくださいましね」

ディアーナは、嬉しそうに顔を綻ばせ、少女の隣に立つ青年に微笑みかける。
視線を受け、青年は心得顔で笑みを浮かべる。

「…薔薇は、美しく蕾をつけましたようね、シオン」

「俺の見込んだ『薔薇』だからな」

「あら、シオン様。わたくし、そう簡単には咲いてはさしあげなくてよ」

「――上等だぜ」




二人は婚約式の会場を辞すると、馬車に乗り込んだ。
馬車はそのまま郊外へと向かって走り出す。
墓参りだけは一日たりとも欠かさない。
それが、ミリエールが王都に戻るときに決めたことだった。

「シオン様までつきあってくださらなくてもよろしいのに」

「何言ってる。墓を護るのがお前のつとめなら、俺のつとめでもあるだろーが」

シオンは墓に供えるための花束を、ぽすっとミリエールに渡した。

小さな花弁を揺らす、薄紫色の花束。
シオンが、エスタスの…いや、ミリエールのためだけに咲かせた花。
その花束に、ミリエールはそっと頬を寄せる。

3年前には見せることもなかった穏やかな笑みが、
今、シオンの目の前で、自然に紡がれている。
そのことに、シオンは心が温かくなっていくのを感じていた。


シオンだけの、『薔薇の姫』。

「…一生かけて大輪の花を咲かせ続けてやるよ」


シオンは、ミリエールに聞こえない程の声でそう呟くと、
そっと目を閉じ、馬車の揺れと心地よい睡魔に、身を委ねていった。
fin.

ファンタ創作7作目。…って、全部連作だけど(笑)
……にしても、1ページが長い!長いぞおい!番外編が一番長くてどうするよ自分!
4作目で仄めかした、シオンのお話です。はい、「薔薇」とはミリエールのことです。
シオン×ミリエール、好きですねぇ。気位が高くて強気な少女とたらしな男。
どーも私はこーゆー組み合わせにとことん弱いようです(笑)