朝のできごと





「コンラート!」


まだ空気が冷たく冴える早朝。

陛下が地球へと帰還して、主の不在な血盟城の、
その片隅の厩で愛馬ノーカンティーをつないでいた俺を、
意外と言えば意外な人物が呼び止めた。

「――ヴォルフラム」

短い黄金の髪を風に靡かせた弟は、腰に手を当て、居丈高に歩み寄ってくる。

「今暇か?暇だな!少し僕につき合え!」

反論の隙を与えないまま、有無を言わさずヴォルフラムは俺に剣を一振り放った。
実戦で使うものではなく、刃先を潰した稽古用の剣だ。


彼の言動と渡されたものとが一本の線に繋がるまで、数瞬の時を必要とした。


「何をしている、早く来い!」

返事を待たず、一人でさっさと先に歩いていくヴォルフラムに、
俺は苦笑を零しながらも、後を追った。




キィンッ!と高い音を立てて、俺の剣とヴォルフラムの剣がぶつかり合う。


「く……っ!」

あっさりと刃が受けとめられたことに歯噛みして、
ヴォルフラムは一歩下がって間合いを取ろうとする。

俺は引いた以上に踏み込んで、一気に間合いを詰めて剣を振り下ろす。
ヴォルフラムはとっさに剣を翳して受けとめるが、
振り下ろしたまま力を緩めない俺の切っ先は、
ギリギリと軋みながら、少しずつヴォルフラムへと近付く。

軍籍にいるのが長い割に華奢なヴォルフラムは、
技術面は優れているものの力負けする傾向がある。

「相手と明らかな体格差がある場合は、受けとめるんじゃなく受け流せと教えたろう」

剣に込める力の向きをいきなり変えてやると、
バランスを崩して足下がふらつく。
ねらい澄まして横に振り切れば、ヴォルフラムの手から、剣がはじき飛ばされた。

「勝負あり、だな」

「くそ……っ!」

顔を顰め、ヴォルフラムは地面に座り込んだ。
悔しげに息を切らせているヴォルフラムが妙に微笑ましくて、
俺は鞘に剣を収めながらついつい笑みを零してしまう。


「それから、また太刀筋がパターン化してるぞ。
基礎を守るのもいいが、敵に読まれたら命がないんだ。
陛下との一戦で懲りたろうに」

「う、うるさいっ!」

触れられたくない過去に触れられて、言葉を荒げながら、誤魔化すように立ち上がる。




「――それにしても、珍しいな、ヴォルフ。俺と剣を交えたがるなんて」


はじきとばされた剣を拾いに歩いていた足をとめ、
俺に背を向けたまま、ヴォルフラムは答えた。

「稽古は相応に強いやつとしなければ意味がないだろう。
………お前は、剣の腕は確かだからな」

相変わらず、兄と呼んではくれないが、
顔を合わせるのも嫌がっていた頃に比べれば、格段の進歩だ。


「それにお前はユーリが国にいるとき以外は、なかなか捕まらないし」

「それは、ヴォルフが血盟城にいすぎなんだと思うけど」

ビーレフェルト領にいるよりも、王都にいることが圧倒的に多い彼は、
何を当たり前の事を、とでも言いたげに胸を張る。

「ここはユーリの城だぞ?婚約者である僕が迎えてやらなくてどうする」

「………ま、いいんだけどね。
だが、逆に言えば陛下がいるときなら、俺もこの城にいるんだが」

「ユーリがいるときは駄目だ」

「どうして」

「ユーリが隣にいればこんな早朝に目が冴えたりはしないし――それ以前に」


ヴォルフラムは地面に放り出された抜き身の剣を拾い上げ、軽く刀身をあらためる。
拾い上げた剣を鞘に収め、ヴォルフラムは呟いた。

「………ユーリは、荒事を嫌うから」



人間の間で、人間として生きてきた現魔王陛下は、争いを酷く嫌う。
――とはいえ、さすがに剣の稽古でどうこう言う事はないと思うが。


「あいつときたら、へなちょこで、お人好しで!
この国の王だという自覚もなしにちょくちょく不用心に国外へ出歩いてっ!
そのうえに戦はいやだ争いはいやだ血が流れるのはいやだとわがままを言うんだ!」

わがままプーの異名を取るヴォルフラムにわがまま呼ばわりされたのでは、
さすがに陛下も不本意なのではないかと思うが、
それを口にするのは余計な火種をまくだけなので、心の中で呟くだけに留めておく。

「じゃあ、それに付き合ったりせずに、
無茶を言う陛下を止めればいいんじゃないのか」

俺が少々意地悪くつついた言葉に、
ヴォルフラムは、ぐっと詰まり、ぷいっとふて腐れたように視線を逸らす。


「…………………いいんだ」

ぽつりと呟いたヴォルフの白磁の頬が染まっているのは、けして俺の見間違いではないと思う。


「あいつは……あのままでいいんだ」


ユーリはものの分からない男ではないから、
懇々と諭せば、承知はしてくれるだろう。

けれど。
それが彼の意に添わぬことであるのも確かで。


「理詰めで諭して納得させるのは容易いが」

ヴォルフラムは、切ない痛みを耐えるように、瞳を細める。
誰か一人をこんなに想うヴォルフラムは、1年前は想像もできなかった。


「だがそれは、ユーリの笑顔と引き替えだ。
――僕は……すぐにユーリの笑顔が見たくて仕方なくなるに決まってるんだ」


ユーリの好きなようにさせて――その上でユーリを護りきると。
だから、自分が傍についていてやるのだと。

剣の柄に手をやってそう決意する弟が、とても誇らしかった。



ヴォルフラムならば、ユーリを支えてくれる。
その確信が、俺にはあった。

昔のヴォルフラムなら、魔族のためになるならば、
嫌いな奴でも最終的には妥協する、と俺は評した。
それ自体は、今でも変わってはいないだろう。


けれど、今のヴォルフはユーリのために生きる。
――『魔王陛下』のためではなく。

仮に――本当に、仮にだが――ユーリが国のためにならない存在になっても、
彼だけは最後までユーリの傍にいてくれるだろう。



人を殺すためではなく、戦に勝つためではなく、国のためでもなく――

大切なものを守るための剣。

それを知ったヴォルフラムは、きっと強くなる。




「――ヴォルフ」

「なんだ」

「陛下のこと、これからも護ってさしあげてくれ」

「言われるまでもないことだ」

「ああ、頼む。……お前が、一番近くで」


――俺が、いなくなっても。

続ける言葉は飲み込んで、手合わせの続きをしようと再び剣を抜く。



その日の透けるような青い空は、つかの間の平和を歌っていた。

100のお題、No.38「朝のできごと」でした。単に早朝の話だからこのお題です。
……お題にそってるんだか、そうでないんだか(笑)
時期設定としてはきっとマの少し前くらい?
ブチブチ文句つけながらも、なんだかんだでユーリに付き合ってくれる三男坊が大好きです(笑)

前回に引き続きユーリが未登場です。しかもあいかーらずヴォルユなんだかユヴォルなんだかコンユなんだかコンヴォルなんだか(笑)
陛下と三男の話で次男視点にするあたりが、微妙に間違ってるような気がしないでもない(笑)