お菓子よりも甘いもの?



――さて問題。
お菓子より甘いもの、お酒がなくても酔えるものって、何だ?




8月。それはディアーナにとって大切な月だ。
姫様の大好きな、銀髪の騎士見習いの誕生日がある。

恋する乙女に、誕生日はやはり一大イベント。
相手の喜ぶ顔を思い浮かべ、プレゼントに大好きな気持ちをいっぱいに込める。


だが、8月も目の前に迫る頃、ディアーナはむぅ〜っとふくれっ面をしていた。


「どうして、ガゼルってば夏生まれなんですの!」

王宮の厨房で、焦げ臭い匂いの微かに漂う中、
親友二人に囲まれて、ディアーナは力一杯叫んでいた。

ガゼル本人に責任のないことで、本人も理不尽な怒りだと分かってはいるのだが、
思うようにいかない時には多少は八つ当たりもしたくなるというものだ。

なにが、思うようにいかないのか。
ディアーナは、ガゼルのために、手作りのお菓子をプレゼントしようと、
料理が得意だというメイの指導の元、頑張っているのである。
…それが成功したかどうかは…厨房に漂う焦げ臭さで『推して知るべし』である。


「……夏生まれじゃなかったら、何か変わるの?」

メイの静かな突っ込みに、ディアーナは胸を反らした。

「セーターとかマフラーとか、手編みのものを贈るという手が使えますわ!」

メイと顔を見合わせ、シルフィスがおずおずとディアーナに問いかける。

「……あの…参考までに…編み物をされたことは…」

「……うっ……ありませんわ……。
でも、ガゼルのためなら頑張れますわよっ?」

コックを拝み倒して借りた厨房で、膨大な量の失敗作を前にしても、
ディアーナはどうしても手作りのものにこだわりたいらしい。


「ガゼルは、姫が差し上げるものなら何でも喜びますよ」

「それはとっても嬉しいのですけど…。
でも…どこでも手に入るような既製品を贈るのは、いやですの。
せっかくの誕生日ですもの。ふたつとないものを差し上げたいのですわ」


ディアーナのその我が儘と呼ぶにはあまりに可愛らしい我が儘に、
メイとシルフィスは協力を惜しまないが、恵まれた環境が災いしてか、
生まれてこのかた料理なんてしたことがないディアーナは、
非常に………その………不器用であった。


「でもねぇ…消し炭になったクッキーに、異様に堅いケーキ…。
これを贈ったら…いくらガゼルでも腹をこわすよ」

「…ううっ…やっぱりメイもそう思いますの…?
でもでも、わたくしっ、頑張りますわっ。
お時間とらせて申し訳ありませんけど、メイ。また教えて下さいな」

「よく言った!…よぉーし、特訓続行ねー!」

再び、メイはディアーナと一緒にお菓子作りに取りかかる。
シルフィスも、ふっと微笑むと、進んでそれを手伝った。




そして迎えた8月13日。

ディアーナの周りの空気は、どんよりとしていた。

「……ほんとうに、これ持っていかなくてはなりませんの?」

バスケットを手にし、騎士団の近くまで来ておきながら
躊躇いがちなディアーナの言葉に、メイがその腕を引っ張る。

「あったりまえでしょ!ここまで頑張ったんじゃない!
手作りってことに意味があるんだって言ったのは、ディアーナでしょー!」

「でも…やっぱり食べて頂くのなら、美味しいと思って欲しいですわ。
あれだけメイに教わったのに…わたくし、ちっとも上手くならないんですもの…」

メイからすればそれは違うと言いたいところだ。
けしてディアーナが上達していないということはない。
付け焼き刃の特訓だとはいえ、かなり上達は早い。
私的なお茶会になら、充分お茶請けとして出せるだろう。
ただ、プレゼント用としては、ディアーナにとって満足のいかない出来なのだ。

「何言ってるの!そんだけできれば充分よ!せっかく頑張ったんでしょ!
特訓のときの威勢は何処にいっちゃったのよ〜!」



ゴーンゴーン、と昼を告げる鐘が鳴り響いた。騎士団も、昼の休みに入る時刻だ。
ちらほらと訓練場から騎士見習い達が出てきだしている。
これを逃すと、王宮を抜け出した身としては、もはやチャンスがなくなってしまう。
それなのに未だうじうじと躊躇っているディアーナに業を煮やし、
メイはディアーナの細い腕をがしっと掴んでひっぱった。
ずるずると引き歩いたまま、メイはあっさりと騎士団の門をくぐり、
シルフィスと一緒に荷物を抱えて訓練場から出てきた少年に、大声で叫んだ。


「ガゼル〜!」

「おうっ!なんだディアーナとメイじゃん」

見慣れた銀髪の騎士見習いが、荷物を抱えたまま、返事を返す。
シルフィスは二人の姿を認めると、訳知り顔でガゼルの抱えていた荷物を
その腕から取り上げると、自分の荷物の上に重ねる。

「…?おい、シルフィス?」

「ガゼル、これは私が倉庫へもどしておくから。姫のところにいってあげて」

そして、返事を待たずにガゼルを残して去っていく。
ガゼルはしばらく戸惑ったが断る理由もなく、ディアーナ達の元へと歩みを進めた。

「よぉ、なんか用事があったのか?」

メイは、あんたに用があるのはこっち、とディアーナの背を押すと、
ひらひらと手を振りながら、二人を残してシルフィスを追いかける。

ディアーナはぎゅっとバスケットを持つ手を握りしめた。


「ディアーナ?俺に用事って?」

ごく普通にそう問いかけられ、気負っていた分、ディアーナは多少脱力する。
ガゼルの様子はいつも通り、変わらない。
まさかとは思うが、自分の誕生日を忘れてるのではないか。
そう思うと、自分が意識しすぎているのが少々馬鹿らしくなってくる。

ディアーナは、肩の力を抜くと、にこっと微笑んだ。

「――ねぇ、ガゼル。お茶を、淹れて下さいな。
わたくし、ガゼルの淹れたお茶を、飲んでみたいんですの。
騎士団の訓練の邪魔にならないように、一杯だけ飲んだら帰りますから」


ガゼルは、いったい何を突然、と首を傾げながらも、
大切なお姫様の可愛らしい我が儘に、否と言うはずもなく、
ディアーナも通い慣れた騎士団の寮の自室へと二人して肩を並べて歩き出す。


その様子を遠くで見送ったメイとシルフィスは、うまくいくといいねと笑いあい、
シルフィスの腕の大荷物を分け合い、仲良く倉庫へ歩いていった。
大荷物にふらついたり、楽しそうにお喋りをしながら笑う二人は愛らしく、
それを見かけた騎士団の男共がこぞって手伝いを申し出て、大騒ぎになったのだが…
まぁ、それは、この話とは関係のないことである。

……最終的にクレベール大尉が出てきて落ち着いたことだけ追記しておこう。




寮の自室にディアーナを招き入れたガゼルは、
ディアーナを座らせると、ガサガサと戸棚の中を探す。

「茶葉、残ってたっけかな…。あ、やっぱり切らしてら。
――ちょっと待っててくれよ。誰かから、分けて貰ってくる。
茶の銘柄はなんでもいいのか?」

ディアーナが頷くと、ばたばたと元気よくガゼルは自室を後にする。
廊下をきしませ走っていく音に、ディアーナは耳をそばだてた。

「………さ、ガゼルが戻って来る前に…」

ガゼルの足音が遠ざかったのを確認すると、
ディアーナは、バスケットをパカッと開いて、ごそごそと準備を始めた。



「お待たせ――っ…って、あれ、ディアーナ?それ…」

分けて貰った茶葉を片手に、自室の扉を開けた姿勢で、
ガゼルは自分の部屋になかったはずのものを見つけて、
一瞬、戸惑いの表情をうかべた。

テーブルの上には大判のレースのハンカチが広げられ、
その上に紙に包まれたクッキーが、3つ、包装を解いた形で置かれていた。
そして、小さな小さなケーキが、ディアーナの白い手によって、コトンと置かれる。

ディアーナは、ゆっくりとガゼルに向き合うと、極上の笑顔を浮かべた。

「お誕生日、おめでとうございます、ガゼル」


ディアーナの言葉がガゼルの意識に理解として染み渡るまで、数秒を必要とした。
理解した途端、ガゼルの頬が赤く染まる。

「…あ…今日、俺の誕生日……。ディアーナ……覚えててくれたんだ…」

ガゼルは感無量に声を震わせ、ディアーナはぽっと頬を染める。

「わたくしが、ガゼルのお誕生日を忘れるはずがありませんでしょ?
…形はいびつですし、味も今ひとつなんですけれど…、
これでも、一生懸命頑張ったんですのよ?
ガゼルが喜んでくださいますようにって、
その気持ちだけはい――っぱい、込めてありますわ」




「美味いっ!」

「ほんとですの?」

「すっげー美味いよっ!あ〜全部食べちまうのが勿体ねぇ〜」

ほんとうに美味しそうにお菓子を頬張るガゼルに、
ディアーナは幸せ一杯の気持ちで頬を染めた。
ガゼルが喜んでくれた。それだけで、ディアーナは努力が報われる思いだった。
そして、しばし考え込むように俯くと、にっこりと微笑んで顔を上げた。

「そこまで喜んでくださるなんて、わたくしも嬉しいですわ。
………嬉しいから、もうひとつプレゼントを差し上げますわ。
受け取ってくださいます?」


そういうと、ディアーナはガゼルの部屋の中央に、
椅子をずりずりと引っ張ってくる。


「そこに座って下さいな。…そう、それから目を瞑ってくださいまし」

「なんだよ。…なんか、怖いな」

「いいから言うとおりにしてくださいな!」

有無を言わさぬ勢いに、ガゼルは訳が分からないまま、
それでもディアーナの言うとおりにする。
引っぱり出された椅子に座り、すっと瞼が伏せられる。

「………よろしいですわ。では、しばらくそのままでいてくださいまし」

瞳を閉じたままでも、ガゼルには、気配や物音で、
ディアーナがどうしているかが大体分かる。

自分を座らせたあと、そっと足音を殺しながら近寄って…。
窓から差し込む日射しがディアーナの小さな身体にによって遮られる。

――随分と近くにいる?


ガゼルが自分に何が起ころうとしているか察するより早く。
ガゼルの唇に、しっとりと暖かい感触が感じられた。

――――――――――――――ちゅ。



「…………〜〜〜〜〜〜〜!!!!?????」


どんがらがっしゃん!!


ガゼルは立ち上がろうとした拍子にバランスを崩し、
けたたましい音を立てて椅子がガゼルもろとも転がる。

「でぃ、でぃ、でぃ…、ディアー…ナ…?」


ディアーナは、頬を真っ赤に染めながら、
ついっとガゼルから顔を逸らした。

「…………美味しかったですかしら?」

「…へ?」

「わたくしの、ファーストキスですもの。
美味しかったに決まっていますわよね!」

言った途端、さらに赤く染まった頬をその小さな手で押さえて、
ディアーナはガゼルの部屋を飛び出した。

そしてガゼルは、ディアーナに負けず劣らず顔を真っ赤にして、
椅子から転げ落ちた姿勢のまま固まっていた。




後日、金髪の某騎士見習いから聞き出したところによると、
昼休み終了から大幅に遅れて訓練に姿をあらわしたガゼルは、
顔を真っ赤に染めてボ――――――っととろけそうな表情をしたまま、
その日、一日中足が地についていなかったそうな。
メイは『酒を使ったお菓子は無かったはずだけど』と首を傾げたが、
ディアーナはふふっと幸せそうにまた頬を染めた。

目聡いメイにそれを見咎められ、後日詰問されて、
真っ赤になって困惑することとなるが、とりあえず今は、
ディアーナもガゼルも、幸せにただただ酔っていた。




お菓子より甘いもの。お酒が無くても酔えるもの。

大切な人の思いやり。
好きな人の優しい言葉。
恋人の柔らかい唇。

勿論、どれでも正解!


お菓子より甘いもの。お酒が無くても酔えるもの。
それはやっぱり、幸せな恋のエッセンス♪


fin.

ガゼルの誕生日に片加 凪様のサイトへとお嫁入りしました創作です(笑)。
菓子は甘いわメイとシルフィスは姫様に甘いわ展開も甘いわその他諸々etc...
とまぁタイトルに負けず劣らず、いろんな意味で甘い創作になったようで
個人的にはとりあえず満足っ!(するな)