Whose you


「何じゃ、また見回りの付き合いか」
珍しくソロイが騎士院に訪ねてきたので何かと思えば、いつものように任務の付き合いの誘いだった。
実はこれがソロイにとってのいわゆる「デートの誘い」であるのだが、鈍い葵は未だにそれに気づいていない。
そして二人の仲も、勘の良い者――マリンやアクアなどを残しては、誰一人として、気づいていなかったりもする。
ただ、やけに見回りの手伝いを葵にさせるソロイに不信感を抱くものは居るようであったが、それは星の娘候補の修行か何かだろう、程度にしか考えていなかった。

「ご不満ですか」
「…今日は何処じゃ」
むすっとしながらも、葵は騎士院から外へ出た。
何のかんの言っても、見回りだろうが一緒に居たい。口には出さないが、その想いがある。
そんな葵の反応に苦笑しながら、ソロイはそっと腕を引き寄せた。
「今日は大通りと、裏路地です。少々危険ですから、離れないでください」
「危険というなら、誘わなければ良いではないか」
「…それは、本音ですか?」
「ぐっ……」

結局、こんな調子で言い包められてしまう。
そんな自分に悔しがりながらも、葵は大人しくソロイの後を付いていくのだった。


大通りは、平日であってもやはり活気がある。
治安が悪化し始めているとは言え、こういう光景がまだ見れるのは嬉しいものだ。
「…このまま、何も起こらぬと良いのじゃがのう…」
ぽつり、と葵がそんなことを呟いた。
「治安が悪いと言うても、これだけの賑わいじゃ。いつか、元のように安全になる日が来るじゃろう」
「ええ…きっと、来ますよ」
葵の言葉と、少し寂しそうな表情に、軽く肩を抱き寄せて、ソロイは小さく微笑んだ。

「ここは問題ないようですね…では、少々危険ですが、裏路地に参りましょうか」
「うむ」
一通り見て回ると、ソロイが口を開いた。それに、葵も肯く。
「それと――危険ですから、裏路地を見回っている間、通りの入り口で待っていてください。あそこは店も出ていますし人も多い。安全な場所ですから」
「何じゃ。付いていってはいかんのか」
「言ったでしょう、危険があると」
「その辺の輩なら、手加減しても打ちのめせるのじゃが…」
「駄目です」
「…分かった分かった。大人しゅう待っている故、おぬしも早う帰ってまいれ」
「分かっています――では」

そういうと、ソロイは独り、裏路地のほうへ向かって歩いていった。
「…あの堅物は、頭が固いだけでなく、用心深いのう…」
確かに裏路地は危険が多い。
葵の身を危惧しての配慮なのだろうが、何とも納得行かない。

「…少しだけなら、中を覗いても文句は言われまい」
そう言い、葵は歩き出した。

裏路地は、確かに、店は出ているし、人も居る。
だが、先ほどの大通りほどの人など居るはずもない。
店も開いているのか閉まっているのか分からないものもあれば、何を売っているのか疑問に思うような、気味の悪い店まである。
その上、雰囲気全体がひっそりとしていて、本当にアロランディアかと疑ってしまうほどだ。
何となく退屈な、そんな印象さえ受ける。
「退屈で寂しい場所じゃのう…」
独り言を呟いて、葵は傍の建物に寄りかかった。
それが顔に出ていたのだろうか―――。


「ねえ。君、一人?」
「む?」

ふと顔を上げると、どう見てもまともではない風貌の男が壁に手を着いた格好で話しかけてきていた。
軟派か、と溜息をついて、葵はそっけなく返事を返す。
「人を待っておる最中じゃ。暇ではない」
「そうかなあ。どう見ても、退屈そうだけど」
「そう見えるだけじゃろう」
ひとつふっ飛ばしてやろうかと思ったが、騒ぎを起こすのはソロイに迷惑がかかるし、何より目立つ。
ふいっと男をかわそうと身を翻した葵の前に、今度は別の男がニヤニヤしながら道を遮る。
「っ……しつこいぞ、おぬしら!」
さすがにむっときて二人の間を割って大通りに戻ろうとした目の前に、また男が一人―――。
「だってさあ、あんたみたいな可愛い子がこんなところにいるなんて、滅多にない機会だもんなあ?」
そのうちの一人が嘲るように笑う。

――――……!!

一瞬の内に、自分の身の危険を葵は悟った。
騒ぎを起こしても良い。こいつらを叩きのめさなければ――!!

「くっ!!」
「おっとぉ。俺ら相手に戦おうっての?気の強い子だねえ、キミってさ。俺の好みだな〜」
相手の襟を掴もうとした腕は、あっという間に逆に敵に封じられてしまった。
「ばっ――馬鹿にするでないわ!」
残っている手で更に反撃をしようとしたとき、その手が今度は、別の男に捕まえられる。
「馬鹿なのはどっちかな?ねえ」
「つうっ……」
ぎりっ、と腕を掴まれて、葵は思わず顔を顰めた。
あれ程武術を鍛えて磨いたのに、男と女の力の差はどうしようもない。

周りに、人は―――と思ったが、誰も関わりたくないのか、見ているだけで手を出さない。

「は、離せ!!」

――――ソロイ―――!!

込み上げる恐怖の中で、葵は恋人の名を呼んだ。
その瞬間、だった。

「貴様ら、何をしている!!」
「!!」

怒りに震えた怒鳴り声が響いた。
その声の主は、言うまでもなく――ソロイ=ブラーエ。
声だけではない。表情も、今まで見たことないほどに、怒りの印を刻んでいた。

男たちは、ソロイを見た瞬間、葵を掴んでいた手を離した。
その顔は、真っ青だ。
当然と言えば当然だろう。この国で、彼の恐ろしさを知らない者は少ない。
まして、ゴロツキどもには特に恐れられている存在なのだから。

「ず、ずらかれっ!」
一人の言葉を合図に、三人の男は蜘蛛の子を蹴散らすようにあっという間に居なくなった。
ようやく開放されて、葵は安堵の息を付いた。
そしてソロイに礼を言おうとして――思わず、息を呑んだ。
まだ、表情が怒ったままだ。

「ソロ…ッ!?」
言い訳をしようとする葵を無視し、彼は葵の腕を引っ張ると、建物の間の陰に連れ込んだ。
誰からも見えない、狭い空間。
至近距離で、ソロイは低く葵に問いかける。
「…何故、中に入ってきたのですか」
「…そ、それは…余りにも退屈じゃろうと…」
「危険だと言ったでしょう」
「わ、私とて武術はたしなんでおる。じゃから、ほんの少しなら入っても害はないじゃろうと…」
「それが、先ほどの事の顛末までのあらましですか」
「……お、おぬしとて悪いのじゃぞ!?入り口でただ待ってろなどと言うから―――っ!?」

刹那。
反論していた葵の唇が、強引にソロイに塞がれた。
熱いものが、口の中に絡んでくる。

「っ、ん…っ」

逃げようと葵が動いても、彼は決してそれを許さない。
そのまま葵の両腕を封じると、唇を首筋へと移す。

「や、やめっ…っ…!」
葵が顔を真っ赤にしながら、必死に制止の声をかける。
しかし、ソロイは一向に耳を傾けない。
唇が触れた部分に、赤い華が散らされていく。

「貴方を、誰にも触れさせたくない――決して」
「止めんか、ソロイッ…!」
「止めません」

ぴしゃりと言い返して、唇は鎖骨から、更に下へ―――そして、着物の襟の合わせ目が、ずらされる。
白い胸の膨らみの一部が、露になる。

「や、止めんかっ……!!」
彼の行動がどこまで行くのか――羞恥で、葵は声を強めた。
そこに、彼の唇が触れる。
「っ、あっ………!」
びくり、と葵の体が震えた。
息が上がる。

そこまでしてようやく―――ソロイは、葵を見上げた。
目を合わせたくないのに、葵はどうしても出来ない。
自分の胸に唇を当てながら見上げてくるその瞳は、逸らしたくても逸らせない、ある種の力を持っていた。

「…これは、印です。貴方が、私のものだという証です」
「ソロイ、もうっ……」
解放してくれ、と言いかけた葵の唇が、また塞がれた。
熱い口付けを受けながら、その合間に、ソロイは呪文のように何度も囁く。

「――貴方は、私のものです。誰にも渡さない。触れされない。」
「っ、ん、はっ……」
「葵、貴方は私のものです――――誰のものでもない、私のものです」
「ふっ……」

ようやく――甘美な拷問が終わった。
両手を解放された途端、葵は真っ赤なまま力を失くして、くたり、とソロイに寄りかかる。
それを抱きしめながら、ソロイは葵の耳に囁いた。
「―――分かりましたか?葵」

こんなに熱い求愛は受けたことがなくて、葵の意識は、もう朦朧としている。
だが、かろうじて聞こえたその言葉に、途切れ途切れに返事をした。

「分かった……私は……おぬしの、もの、じゃ……」
「――――それでよろしいです」

満足げに笑うと、ソロイは葵を腕に抱いた。
そしてそのまま、裏路地を後にしたのだった。



「あ、葵さん!?」
騎士院まで彼女を運ぶと、ちょうど居合わせたリュートが二人を見て驚いた声を上げた。
だが、ソロイは何時もと変わらぬ様子で、リュートに言葉を返す。
「見回りの手伝いを頼んだのだが、人の多さにのぼせたらしい」
「ああ、そうなんですか」
「葵殿の部屋はどちらだ?」
「あ、はい。案内します」

本当は部屋の場所を知っているくせに、ソロイは敢えてリュートに場所を聞く。
これも、二人の仲を出来るだけ知られまいとする策略の一つだ。

「ここです」
扉の前まで案内して、リュートは葵を覗き込んだ。
「大丈夫かなあ…顔、真っ赤だし…」
すると、リュートの横をすいっとすり抜けて、ソロイは葵の部屋に入った。
「少し休めば、直ぐ治るだろう。それまでは、そっとしておくようにしておくんだな」
「は、はい。では、僕も職務に戻ります」
「ああ。私も、葵殿を寝かせたら、神殿に戻らねばならぬ」

リュートが去った後、ソロイはそっと葵を布団に横たえた。
まだ、彼女の息は微かに荒い。余程刺激が強かったのだろう。
自分がつけた「印」を一つ一つ指でなぞりながら、ソロイは最後にまた、葵に囁いた。

「葵――貴方は、私のものです」
「ん……」
すると、その言葉に反応したかのように、葵が体をよじった。
そして、小さく呟く。

「私は……ソロイの、もの……じゃ…」

「―――ふっ…」

思った以上の効果に笑みを浮かべると、ソロイは静かに部屋の扉を閉めた。



次の日。
「葵さん、昨日ぐったりしてたけど、もう具合はいいの?」
「っ!リュ、リュートか、な、何じゃ?」
開口一番に心配されて、葵は慌ててリュートを見た。
まさかソロイとあったことなど、口が裂けても言えない。
「だ、だ、大丈夫じゃ。もう、ほれ、何ともない」
何でもないフリを精一杯努めて、葵はぎこちなく笑って見せた。
さして葵の様子を気に留めていないリュートだったが、ふと葵の髪形を見て、また口を開いた。
「葵さん、どうして今日は髪を結んでいないの?長くて綺麗だけど…邪魔じゃない?」
「!!」

痛い所を突かれた。
葵だって、好きで髪を下ろしている訳ではない。
だが、結わえると見えてしまうのだ。
昨日ソロイにつけられた「赤い華」が。

「か、髪を止める紐が切れてしまっての。近いうちに買いに行ってくるつもりなのじゃ」
「ああ、何だ。それでか。でも、その髪型も、素敵だよ」
「あ、ああ。ありがとう」

何とかリュートをやり過ごし、葵はソロイに対してめらめらと怒りを燃やした

―――あのたわけ者がっ……人が何も出来ないのを良い事に、好き勝手しおって……!!

ぐぐっと拳を握る葵の耳に、ソロイの囁きが蘇ってきた。

―――『葵、貴方は、私のものです』。
そして、それに答えた自分の言葉。
―――『私は…ソロイのものじゃ……。

「―――ふん!!」

思い出して再び真っ赤になりながら、葵はずんずんと廊下を歩いていく。

―――私が、おぬしのものじゃと!?

廊下を抜け、騎士院の外へと足を踏み出す。

―――そのようなこと、確認されずともとうに分かっておるわ!!


今度は逆に文句を言ってやろうと意気込む葵の足は、当然ながら、神殿へと向かっていたのであった。

森河らいと様のサイトで幸運にもキリ番をゲットしまして、書いて頂いた創作です♪
ソロイか紅丸で嫉妬話を、裏ちっくならさらにいいな、などという贅沢なリクエストに見事に答えてくださいました♪
話にただよう艶やかさがたまりませんっ!
バリバリに所有宣言のソロイがツボりました。言わされた挙句、認めちゃう葵さんがさらにツボ(笑)
森河さま、素敵な創作ありがとうございました!