「A」


(街はすっかりバレンタイン風景ね!)
アシャンはウインドウ・ショッピングを楽しんでいた。
聖乙女をめざす平日の勉強をおえて、週に1度、羽を伸ばせる日曜日。
休日特有の賑わいをみせる街の風景は彼女の気分を明るくしていたのだが・・・
(バレンタインかあ・・・)
大切な人に想いを馳せながら彼女はためいきをつく。
(そういえば、初めて出会ったのもこんな街のなかだったわ・・・)
「レオン様・・・」
忙しそうに行き交う人ごみのなか、アシャンの囁きは風のなかにまぎれていった。

「・・・アシャンさん?どうしたの?」
心配顔でハンナが呟く。
今日は、レオンの妹ハンナとお茶をする約束があり、
2人は他愛ない噂話に花を咲かせていた。
ハンナは、無骨な兄の恋の行方にやきもきしている1人である。
大好きな2人・・・恋に不器用なお兄ちゃんとアシャンさん。
(まったく・・まだ何も伝えていないなんて・・・)
物思いからさめないアシャンを横目に、勝手にあたりを付けるハンナだった。
(よ〜し!この私が一肌脱いじゃおうかな?)
恋のキューピッドを自認するハンナはちゃっちゃと算段を巡らしはじめた。
(こんな面白そうなこと、ほっとけないよね?)
「ねぇ、アシャンさん・・2月12日って何か予定、あるの?」

「あああ〜〜上手く出来ないよお〜」
聖女宮では、アシャンがチョコレートを作っていた。
・・・2月14日に向けて。
(甘いものが苦手なレオン様のために・・・)
図書館で借りてきたお菓子作りの本を片手に、キッチンで格闘中のアシャン。
(また、失敗かあ〜。これまで料理なんて、まともにしたことなかったからなあ・・・)
「でも、がんばるぞ!!」
失敗作の残骸を整理しながら、アシャンのお菓子作りは続く。

(アシャンはどうしてるだろう・・・)
一方、騎卿宮の自室では、珍しくデートの誘いを断られたレオンが考えこんでいた。
聖乙女候補生たちを指導する、来週のカリキュラムをくみながら・・・
(それにしてもハンナのやつ、いったい何を考えてるんだか・・・)
前触れもなく届いた、一通の手紙に視線をおとす。

『招待状』
やっほー、お兄ちゃん! 元気?
きっと相変わらずな毎日なんでしょうね?(ためいき〜〜)
もうすぐ、2月14日・・・バレンタインだよーー
お兄ちゃんはアテにならないので、自分でアクションをおこすことに決定!!
来週の日曜日、2月12日にジャン様とアシャンさんを連れて家に来てね〜〜
待ってるよ! じゃあね〜〜

「本当にちゃっかりしてるよな・・・」
マイペースな語りを目で追いながら、苦笑いするレオン。
(俺をダシにして何をするつもりなんだか・・・)
以前から、妹には「ジャン様が好きなの!」と言われていた。
「仲をとりもって欲しい!」とも。
(アシャンまで巻き込むんだから・・・まったく)
ハンナの行動力に半ばあきれながら、
アシャンに会えることを素直に喜んでいる自分に気づかされる。
(いけない。彼女は聖乙女候補生なんだから・・・)
急いで自分に言い聞かせるレオンだった。

「それでさ、その時のレオンときたら・・・」
「あ、こら!ジャン!!」
ハンナの用意した伝統的な家庭料理を囲んで、
楽しい雰囲気の夕食会は進んでいた。
社交的なジャンの、ウイットにとんだ話術も一役買っている。
ハンナと仲の良いアシャン、
レオンとのつき合いが長いジャンは、これまでにも何度か遊びにきていた。
気のおけない仲間、気取らない会話、美味しい料理・・・
ハンナ主催のパーティは大成功である。

(でもね・・・これからよ★)
他の3人がメインディッシュを食べ終えたのを確認して、ハンナは立ち上がる。
「食後のコーヒーでも、どうかしら・・・」
「あ!私も手伝うわ!」
食べ終えた皿をワゴンに移し、ハンナとアシャンはキッチンに向かった。

「あ・・どうしよう。お砂糖がないわ!」
ワゴンに積まれた皿を流しに移すアシャンの隣で、ハンナは呟いた。
「ううーん〜」
眉を寄せて考え込んでいるハンナ。
アシャンの方に向き直って、すまなさそうに続ける。

「アシャンさん。お買い物・・・お願いしていいかな?」
「任せて!」
「外は暗いから、お兄ちゃんについて行かせるわ。待ってて!」
急いでキッチンを後にするハンナだった。

「2人で夜道を歩くのは初めてですね・・・」
アシャンに歩幅を合わせて歩くレオン。
彼女の声は不思議な安らぎを与えてくれていた。
(それにしてもハンナのやつ・・・)
行きがけに囁かれたセリフが脳裏によみがえる。
「お兄ちゃん・・頑張ってね!私も頑張るから!」
何を・・とつっこむのも白々しくて、大人しくしている自分に苦笑する。
(まったく・・)
冬の星座のきらめきは、優しく2人を包み込んでいた。

「はかったね?ハンナ・・・」
買い出しに行くレオンとアシャンを見送りながら、ジャンが呟いた。
年相応の悪戯っぽい微笑みを浮かべながら・・・
「だって、あの2人ってば、見てられないんだもん・・」
「まあね。僕もそう思ってる1人だしね★」
しっかり者で兄想いのハンナを優しく見つめるジャン。
(私もなんだかな・・・)
ジャンの視線を感じて、
今更ながらに兄以上の奥手さを発揮するハンナだった。


想いを解放する呪文・・
あなたの言葉、微笑み、その存在・・・
出会えた奇跡が胸を熱くするよ
冬の夜空を彩る、赤い目の牡牛座を見ながら
貴方とふみ出すこの一歩を
・・・ズット ソバニイサセテ
伝えたい想い、伝えられない言葉
出会えた奇跡が胸を焦がしていく・・・

St. Valentine day〜〜〜〜〜〜〜〜〜


(参照:赤い目の牡牛座はオリオン座と並ぶ有名な冬の星座です。
その形から、アルファベットの「A」の語源になってます。
「A」=初めの一歩・・という意味で引用しました。)


『A・・・その後』

「色んなことがありましたね?」
レオンの膝にもたれかかり、懐かしそうに瞳を細めるアシャン。
一緒に迎える2度目の冬、
(聖乙女候補生として王都に招かれ、レオン様と出会って・・・)
「いつまでも変わらないでいて下さいね!」
「え・・いきなり何を言い出すんだ・・アシャン!!」
顔を真っ赤にして照れるレオン。
(そんなところも大好き・・いつもの、頼りになる貴方も・・・)
「こっちの話です!」
アシャンは、悪戯っぽく微笑んだ。

(まったく・・そういう明るい君が大好きだよ・・普段は口にしないけどね)
「どうせ無骨者さ・・俺は。悪かったね」
「そうですね。甘い言葉の1つも言ってくれないし・・・」
レオンの腕のなかでいつまでも笑い続ける。
(君になら・・言えそうな気もするけど・・・)
アシャンの無防備な姿を愛しそうに見つめながら、レオンは思う。
(君が望むなら・・・ね?)

「そのままでいて下さいね・・今の貴方が大好きです」
茶化すような笑顔はそのままに、心からの想いをそっと伝える。
レオンの腕にかけられたアシャンの左手には、微かに光るダイヤの指輪が・・・。

足下にちらばった写真たち・・・
いくつもの季節、隣にいるあなた・・・
来年も、これからもずっと・・・こうしてあなたと過ごしていきたい

「ずっと側に・・いてくれ、よな?」
抱きしめる腕の強さは、離したくない想いを伝えているようで・・・
「愛しています・・・」
安心させるように、そっとレオンの腕に身をゆだねて・・・。
窓の外では、恋人達を見守るように、星々の祝宴が続いていた。
・・・初めて想いを伝え合ったあの日のように。
(終)