振り向けば、君がいてほしい。


真実の心なんてたいそうな代物、16歳やそこらのおれには、わかんないよ。
だけどさ。これだけはわかるから。




その日のおれはいつものように、少しずつ増えだしていた魔王としての仕事に追われていた。

もちろん、今でも多くの書類は「魔族似てねぇ三兄弟」の長兄が処理している。
でも今までグウェンダルがほとんど処理しておれはサインだけ、となっていたそれらは、少しずつだけどおれのところまで回されるようになった。
仕事の方面でも、少しずつ王様らしくなってると認められてるってことだろうか。そうだったら嬉しい。

とにもかくにも、魔王決裁の必要な幾許かの書類とにらめっこしつつ、ギュンターやコンラッドに質問しまくりつつ、
少ない脳細胞をフル活用させて、おれなりにお仕事をがんばっていたのだ。


その日そのとき、その瞬間までは、いつもの日常だった。




最後の書類に判を押すと、おれは机に座りっぱなしで凝ってきた筋をうーん、と伸ばす。

眞魔国のために、執務をがんばることに異存はない。
が、やはりどこまでもアウトドア派なおれは、長く頭を使ってるのはすっげー疲れる。
情けないが、こればかりはいまさら変えようがないので、とりあえず努力で埋めるべく邁進するしかないんだろう。
うーん、理想の王様への道は遠い。


仕事も一段落したところで気分転換にランニングにでも行こうかと、コンラッドを伴って執務室を出ると、
パタパタと元気な足音を立てながら廊下を駆けてくる小さな人影。


「ユーリ、お仕事おわったー?」

溢れんばかりの笑顔でおれの胸に飛び込んできたのは、おれの小さな天使ちゃん。
抱き上げてやると、嬉しそうに笑っておれの首にその小さな手を回してくる。
ああもう、この笑顔を守るためだったら、苦手な執務だって何だって、どんとこいだ。



「ねえ、ユーリ?」

抱き上げたグレタが、首をかしげながら可愛く質問ポーズだ。

「なんだい、グレタ?」

「ユーリはグレタのおとーさまだよね」

「―――当たり前じゃないか!」

そんなっ、わざわざ確認するなんて、親子の危機?!
やっぱり仕事に忙しくてあんまり遊んであげられなかったのが悪かったのか!?
いやいやでもでも、その分手の空いたときは力いっぱい遊んであげようと頑張っていたのに、
愛娘のグレタには届かなかったのか!?
うわーいやだ!グレタに嫌われるなんて、そんな、悲しすぎる〜!


「ヴォルフも、グレタのおとーさまだよね?そうだよね?」

ひとりでぐるぐるしまくるおれの思考はおいてけぼりで、グレタはその可愛らしい瞳をくりっとさせた。
おれは愛娘の言葉に暴走思考にブレーキをかけて、グレタの言葉を反芻した。

ヴォルフもグレタのおとーさま。

魔族似てねぇ三兄弟の末弟は、グレタを娘として可愛がっている。
おれが地球に帰還して眞魔国にいられない間、グレタを可愛がってくれていることは、いろんな人から聞いて知っている。
それはもう、おれに引けをとらない溺愛っぷりだ。

彼もグレタから愛情を疑われる要素はないはずだが、どうしたのだろう。


「ヴォルフがどうかしたのか?グレタ」

抱えあげていたその小さな身体を降ろしてやると、グレタは俺の服の裾をきゅっとつかんで、少し俯いた。


「ヴォルフがね、最近ちょっとさみしそうにグレタを見るの。
なんでかなってずっとふしぎだったから、ヴォルフに聞いてみたんだよ。
そしたら、『僕はいつまでグレタの父でいられるかな』って思ってたんだ、って言うの。
グレタはヴォルフが大好きだから一緒にいたいよって言ったら、あいつもそう思っててくれればいいんだがって言って、泣きそうな顔して笑うの」

俺の服の裾を掴むグレタの手は小さくて細いのに、まるで鎖で繋がれたように、おれは身動きもとれずにいた。

「ねえユーリ。ヴォルフは、いつまでグレタのおとうさまでいてくれるの?」

―――いつまで、そばにいてくれるの?



コンラッドがあの人好きのする温和な笑みで、グレタの頭をなでて宥める。
おれの顔をちらりと伺い、困ったような呆れたような、そんな少し曖昧な苦笑を浮かべて、コンラッドはグレタの手をとる。
その小さな手をコンラッドに引かれ、自室に戻るグレタの背をおれは呆然と眺めていた。


おれはひとり、廊下にそのまま立ち尽くしていた。
時間にしてほんの数分のことだったと思うけど、長いことたちっぱなしだった感覚もある。


グレタの言葉は、おれに少なからぬ衝撃を与えていた。

……いつまで。―――いつまで?

あたりまえのようにヴォルフはおれの隣にふんぞり返っているけれど、それは無条件に約束された場所ではない。
昨日までの関係が、今日も続いたからといって、明日以降も続くとは限らない。
慣れきったせいで感覚が麻痺していたけれど、おれたちのこの曖昧な関係は、いつ崩れたって不思議じゃないのだ、と。


ある日突然、おれの隣から姿を消したって、いまのおれにはとめる権利はないのだ。

―――おれの隣が、からっぽになっても。


おれは、誰もいないことがわかってる隣に首をめぐらせ―――ぎりっと拳を握り締めた。





「なあ、ヴォルフ」

それを伝えたのは、数えるのも馬鹿馬鹿しくなったくらいの夜をすごした、血盟城の俺の部屋。


「おれさ、ヴォルフって、すっげー信頼できる友達だよなって、ずっと思ってた」


部屋の中央には、金髪の美少年が、自分の腰に片手を当て、心持ち胸をそらしている。
姿勢と造形美から言っても、それなりの迫力を醸していてもいいはずなんだけど、いかんせん、『浮気者!』だの『へなちょこ!』だのと叫ばれるのに慣れてしまっていると、多少のことには動じなくなってしまった。
――――――慣れって怖い。

「……………それで?」

その先を言え、と促した彼の視線の先には、この部屋に備え付けの、やたらとでかいベッドに腰掛けたおれ。



ヴォルフラムの視線は射るように強いけど、おれだってこの日のためになけなしの勇気を総動員してるんだから負けられない。


「ヴォルフは、すっごくいい友達だって、思ってた。
いや、今でも、そう思ってるよ」

ヴォルフラムは傲然と構えているように見えるけれど、腰に当ててないほうの片手が、指先が白くなるほど握り締められているのに、おれは気づいていた。
彼が漸く絞り出した声は、掠れるようにか細いものだった。

「……僕は……ともだち……か」

「うん」

あっさり頷いたおれに、ヴォルフラムは、ぐっと赤くなるほど唇を噛んだ。

「すげー信頼できるともだち。
ちょっとした無茶にもつい付き合わせちゃうし、いつだって気安く軽口言えるし。
―――大事なグレタを、一緒に護っていこうって思えるくらい、大切なひと」


失恋に耐えるように手を握り締めながら、硬い表情でおれの言葉を聞いていたヴォルフラムは、
一呼吸おいて耳に届いた台詞ひっかかりを覚えたように、眉根を寄せる。

「ちょっと待て、それはどういう……」

「―――なあ、ヴォルフ。おれのこと、呼んで?」


ヴォルフラムが何にひっかかりを覚えたのかはうすうすわかるんだけど、それには答えず、おれは彼にお強請りをする。


「な……なんだ、いきなり?」

「いいから」

「……ユーリ……?」

わけがわからず、だがそれでも請われるまま呼んだヴォルフラムの言葉に、おれはへへ、と笑った。


ヴォルフは、おれを『陛下』と呼ばない。
『おれ』を呼ぶとき、『陛下』という呼称を用いたことは一度もない。

名付け親たるコンラッドですら、陛下と呼ぶのを改めさせなかったことが一度ならずあるのに。

それがあまりにも自然で、なかなか気づくことができなかったのだけど、気づいてしまうと、それがとても―――嬉しかった。


「思い返してみるとおれってさ、いつでもわがまま言ってばっかりだったよな」


一番真っ向から反対してたのは、いつでもヴォルフで。
その言葉はいつでも正論だから、おれの拙い頭脳じゃ反論も至難の業で。

だけど、おれのわがままをかなえてくれるのも、いつも彼だった。


いつでも。
どんなときでも。

ヴォルフラムだけは、対等だった。


きっと、おれはヴォルフラムに『陛下』と呼ばれることに耐えられないだろう。
彼にだけは、いつまでも名前を呼ばれたかった。
彼にだけは、いつでも隣にいてほしかった。
それは、友達だからとかそういうレベルの話じゃないような気がして……だからたぶん、きっと、そういう、ことなんだと思う。


「信頼できるともだちと、俺だけの傍にいてほしい人が、同じ人でもいいんじゃないかと思うんだ」


つたないなりに慎重に言葉を選ぶ。
一生に一度(二度ある事態はごめんこうむりたい)の大舞台。

野球バカは野球バカらしく、直球勝負だ。


おれはヴォルフラムの湖底を思わせる碧の瞳を真正面から見つめた。

「おれ、ヴォルフが、好きなんだと思う」


俺の視界で、ヴォルフラムの瞳が大きく見開かれる。


「友達としてとか、仲間としてとか、臣下としてとか、そんなんじゃじなくて―――
―――いや、それもなくはないんだけど、その……こ、恋しい相手として、
おれ、お前が―――フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムが、好きかもしれない」



「……かもしれない、なのか」

「ああ、今はな。でも、これだけは言えるよ。
おれが隣を振り向いたときに、そこにいるのは―――ヴォルフラム以外、考えられない」

それだけは、きっと何があっても変わらない。




「こんなへなちょこなおれだけどさ。
きっとまたヴォルフには、迷惑とか世話とか苦労とかかけまくっちゃうこと疑いなしだけどさ。
それでもいいって言ってくれるなら……おれの人生、共有してくれる?」


きっと数秒後には、あの自信たっぷりのえらそうな態度で、「ユーリはへなちょこだからな!僕がついていてやる!」とか宣言するんだろうってことが、簡単に想像できるけど。

とりあえず今は、目の前の天使の白磁の頬が、薄紅に染まっていくのを、おれはなんだか嬉しい気持ちで見ていた。


fin.

長らくお待たせしました(なにせ1年以上)、66666番のキリ番創作でした。

超絶難産でした〜。最初に書こうとした話のうち、5割が姿を変えました(笑)
最初、次男とグレタが出てくる予定はありませんでしたしね!

藤之はユヴォルもしくはヴォルユ派ですが、『ユーリがあくまでノンケなくせに素で三男と絆を深めていく』という原作テイストが一番好きなんです。
だから「愛してる」とか「大好きだ」とかいう台詞より、「好きかもしんない」程度で抑えてるのが好き(笑)

キリ番ゲッターの日向羽純さまのみ、お持ち帰り可です。