みっつの贈り物
女王候補寮の一室の扉をノックする音が響いた。
反応を待っていたランディは、応答のないドアノブにおそるおそる手をかける。
そっとまわしてみても、ガチッと硬い手応えがかえるのみ。
もう一度ノックをして、声をかける。
「アンジェリーク、いないのかい?」
どうしたんだろう…。
どこに行ってしまったんだろう…。
隣室のドアがキィッと開いた。
顔を覗かせたのは蜂蜜色の肌をした、もう一人の女王候補。
「あれ〜?ランディ様。アンジェなら、出掛けましたよっ。
なんか、誰かと待ち合わせみたいだったけど」
「え…そうか、出掛けちゃったのか…」
「ランディ様、アンジェと約束でもしてたんですか?」
「あ、いや…。そうじゃないけど…」
ランディはひどく残念な気持ちでいっぱいになっていた。
こつん、とドアに額をぶつけて、溜め息とともに呟いた。
「…しかたないよな…。先約があるって言うなら…」
淋しそうに項垂れて寮を後にするランディを見送ったレイチェルは、
少し申し訳ない気分になり、心の中で手を合わせて謝罪する。
「ごめんね、ランディ様」
小さく呟いたその言葉は、ランディの耳には届かなかった。
宮殿の執務室に戻ったランディは、頬杖をついて、
ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「アンジェ…今日が何の日か、忘れちゃってるのかな…。
…しかたないかな…。特別、今日に約束を取り付けてたわけじゃないし…」
窓から視線を剥がし、執務机に突っ伏すと、
今日幾度目かの溜め息を吐く。
「今日は…今日だけは一日ずっと君といたかったのにな…」
いつもと変わらない今日。
でも今日は特別だった。
アンジェリークと出会ってから、初めて迎える、自分の誕生日。
アンジェリークから何が欲しい、ということではない。
ただ…傍にいて欲しいだけ。
愛しいその存在が、自分の傍に在ることを、確かめていたかった。
それが、なにより喜びを感じられるから。
自分が生を受けたことに、心から感謝の気持ちで溢れるから。
好きだと伝えたい。
この胸に溢れる想いを、今日なら伝えられそうだったのに。
「肩透かし、ってこういう事言うのかな」
深々と溜め息を吐いて、窓へとまた視線を巡らせる。
少しだけ…期待をしていた。
自分が彼女を想うように、彼女も自分を想ってくれているのではないかと。
彼女なら、何も言わなくてもわかってくれているかもしれないと、
どこかで甘えていた。
「己惚れ…だよなぁ、どう考えたってさ」
アンジェリークはとても魅力的な少女だ。
外見的なことではなく、内に満ちる輝きに、誰もが心奪われるだろう。
自分が囚われたように。
自分だけではないのだ。
だから、彼女が自分の誕生日を覚えていなくてもいたしかたない。
今日、他の誰かと会っていたりしてもそれは彼女の自由で…。
彼女が…他の男と生きる道を…選んだとしても…。
「やっぱり駄目だ!!」
いきなりそう叫ぶと、ランディは勢いよく立ち上がった。
先程までの放心状態の自分はどこへやら、
全身に緊張が張り詰めている。
平静でなんて、いられるもんか。
伝えなきゃ。この胸に滾る想いを。
この腕に捕まえておきたい、純白の天使に。
執務室の扉に向かって、づかづかと歩き出す。
勢いよく扉を開け放つと、そのとたん、小さな悲鳴が上がった。
「きゃっ!」
「え…あ、アンジェリーク!?
あれ、どうして今、いや、なんでここに…、
いや、それより怪我しなかったかい!?」
思いがけなく出会ってしまったその少女の存在に、
ランディは混乱した。
「だ、大丈夫です、びっくりしただけですから…」
ランディは、その言葉にほっと安堵の溜め息を吐いた。
「私、ランディ様にちょっと御用があって…。
ちょっと外にお付き合い頂けますか?」
「あ…うん、いいけど」
よかった、と呟いて歩き出そうとするアンジェリークの後ろ姿に、
ランディは咄嗟にその手首を掴んでいた。
心臓はばくばくと粗く打ち狂っている。
「…待って、アンジェリーク。その前に、聞いて欲しいことがあるんだ。
どうしても、今君に伝えたいこと…」
アンジェリークはゆっくりと振り向いた。
ランディは、数回深呼吸をして動悸を落ち着かせると、
アンジェリークの瞳を見つめながら言葉を紡いだ。
「俺…アンジェリークが好きだ。誰にも渡したくない。
君が俺を好きでなくても関係ない。この想いは止まらないんだ。
すぐに好きになってくれなんて、そんな性急なことは望まないから…。
俺が君を想い続けていることを許してほしいんだ…」
アンジェリークは苦笑を浮かべた。
「…許すも許さないもないですよ」
「アンジェリーク…。ご、ごめん、困らせちゃったね。
ただ俺は、君にこの想いを知っていて欲しくて…」
「誰が困ったなんて言いました?」
アンジェリークはそれだけ言って、ランディの手をとると、
その手を引き、外へと連れ出した。
「御返事は後でしますから、とにかく今は一緒に来て下さい」
その間アンジェリークは何も話さなかった。
否定的な沈黙ではないにしろ、明確な答えももらっていないランディは、
ただアンジェリークに腕を引かれて、
わけがわからないまま連れられていく。
沈黙が落ち着かなくて、アンジェリークに話し掛けようとした途端、
遠くから、ランディ達を呼ぶ声があがった。
「あ〜!!ランディ様、こっちこっち!
アンジェったら、早くしなさいよ〜」
よく通るその声の主は、
庭園のカフェテラスから大きく手を振っていた。
「行きましょう、ランディ様!」
アンジェリークは繋いでいた手を放して、
ランディに笑顔を向けてそう言うと、駆け出していった。
ランディは、今まで繋がれていた手を名残惜しそうに眺めていたが、
はっと我に返ると、後を追って駆け出した。
パァ──ン!
「HappyBirthday!ランディ様!」
カフェテラスまでランディが駆けつけると、
ランディに向かって、無数のクラッカーが鳴らされる。
「おめでとうございます、ランディ様!」
「おめでとう、ランディ!」
「歳ばっかくってねーで、てめえも少しは成長しろよー?」
口々に自分に対してかけられる言葉の数々に、
ランディはただ呆然と立ち尽くしてた。
「ケーキ、ろうそく立てまっせ〜。
ランディ様なら、一息で消してしまいそうですわな」
「はいは〜い☆ごちそーの前に、お姫様からの花束贈呈だよ〜!」
アンジェリークが、花束をもってランディの傍に歩み寄った。
「誕生日おめでとうございます。ランディ様」
「あ…ありがとう。嬉しいよ。
あっ!もしかして朝から君が出掛けてたのって…」
「ここでパーティーを開こうって決めてたんです。
朝から皆様と準備に大忙しだったんですよ」
ランディは視線を移すと、レイチェルを軽く見据えた。
「…知ってたんだね、レイチェル」
レイチェルは笑いながら視線を逸らした。
「あはは…。それはその〜。アンジェがランディ様驚かしたいって言うから…」
「やだ、レイチェル、それは言わないでよっ」
アンジェリークが慌ててレイチェルの口を塞ぐ。
ランディは嬉しそうに笑った。
騒がしい連中の集まる、カフェテラスでのパーティーもお開きとなり、
夕焼け色に染まり出した庭園で、ランディとアンジェリークは二人佇んでいた。
「君が、みんなに持ち掛けたんだね?今日のパーティー」
「…もう、レイチェルったら、口が軽いんだから…」
「俺の誕生日…覚えててくれたんだ。
てっきり忘れられてたと思ってたから、嬉しかったよ」
「ひどいですね。…私がランディ様の誕生日を、
忘れるわけがないじゃないですか」
アンジェリークは、ポケットから、小さな包みを取り出した。
ランディにそっと手渡す。
「誕生日、おめでとうございます」
「…さっき、お祝いはもらったよ?」
アンジェリークはにこっと微笑んだ。
「さっきのは、『風の守護聖様へ』。
これは…『私の愛しい貴方へ』です」
ランディははっとしてアンジェリークを見返した。
「ランディ様が、私のこと好きって言って下さって、
本当に嬉しかったんですよ。
女王候補としてのお祝いは、皆様と祝いたかったんです。
でも、ただの女の子としてのお祝いは、二人だけのときにって思って」
アンジェリークの頬が赤いのは、けして夕やけだけのせいではないだろう。
「ありがとう、アンジェリーク。
君のその言葉が、なによりも嬉しいプレゼントになったよ」
アンジェリークを女王候補寮までおくると、
ドアの前で、ランディはそわそわとした様子を見せた。
アンジェリークが不思議そうに顔を覗き込むと、
ランディは思い切って言った。
「あのさ…わがままだってわかってるんだけど…。
俺もうひとつ欲張ってもいいかな…」
「え…?なんですか?」
ランディは、アンジェリークの口唇を、ついっと指でなぞる。
「俺…アンジェのここが欲しいな」
アンジェリークはかぁっと頬を染めるが、
こくん、と頷くと、瞳をそっと閉じた。
ひとつめの贈り物は、皆に同じように伝えたい、感謝の気持ち。
ふたつめの贈り物は、貴方一人だけに伝えたい、秘密の気持ち。
みっつめは──なんだろう?
わからないけど、とてもとても、大切な気持ち──
夕闇にとけこむように静かに口付けをかわす、
生まれたばかりの恋人たちを祝福するように、
樹々をさわさわと軽くざわめかせ、暖かな春の風が二人をそよいでいった──
fin.
4人目にして、やっと誕生日創作に誕生日がでてきました(笑)なにやってるんだかね。
今回は当初のプロットとかーなーり変わってしまいました。なにがどう違ってこうなったんだろう…。
それにしても誕生日創作を突貫工事で2日でUPするのは、いい加減どうにかしたいものです。
推敲する暇もありゃしないって。
そんなわけで、粗い部分はお見逃しを〜(脱兎!!)