校訓制定
明治40年6月15日
 為大人之道、在克己、在盡力、在楽天。
この校訓は「大学」の三綱領になぞらえてつくられたものと言われている。大学とは大人の学で、大人とは人の上に立ってこれを治むる者である。だから校訓の始めに「為大人之道」と言ってある。明徳を磨くには「克己」が最も必要である。民を新たにし人を導くには「尽力」即ち己のベストを尽くさねばならぬ。至善をえらんでこれを操守すれば真に「楽天」の境地に達するのである。しかもこの校訓の出典には「明善」の出典とも合致するのである。
 元来、校訓は制定されてもその関係者が無関心であれば、制定されないのと等しい。しかし、この校訓があらゆる機会に生徒に向かって説かれ、生徒の脳裏深く刻みこまれて行けば、一つのすぐれた校風を醸成する基底となり、生涯の指針ともなるであろう、本校の校訓はまさにそのような校訓であった。藩校以来の刻苦精励の伝統的な気風は連綿として受け継がれてこの校訓に結晶し、その魂は過去に於いては幾多のすぐれた先輩を造り、現在及び将来に渉って本校に学ぶ者を激励し、この校訓を楯として敢然と世の荒波に立ち向かうような気風を醸成するであろう。
 
校訓碑
昭和39年10月18日
明治40年6月15日制定された中学明善校の校訓「克己、尽力、楽天」を自然石に刻んで、卒業50周年記念として大正3年の明善校卒業生一同の名儀で寄贈し、校門の正面に建立した。石は杉本勝次が久留米市草野町で見つけ、鶴田英夫が墨痕あざやかに揮毫した。市内在住の山下善助、武田胤雄等が奔走して10月18日その除幕式を行なった。
寄贈者代表、父兄会及び同窓会役員をはじめ職員代表並びに各組2名の生徒代表が参列した。中学明善校時代の校訓が高校にもうけつがれて校歌となり、そして今や明善校の象徴として、本校の校門を入る人々の注意をひき、本校の続く限り永久に生徒の心に刻み込まれることとなった。
(明善校90年史より)