移り行く日々

J.Kou

ミリオンダラーベイビ


(古処山)


このあいだ久留米で,クリント・イーストウッド監督、出演の映画「ミリオンダラーベイビ」を2度までも見てしまった。半生を薄倖に生きてきて、30才を過ぎた女性ボクサーが、老コーチ、イーストウッドと出会い、過酷な練習を積む。彼女の才能がようやく花開き、連戦連勝、そして世界チャンピオンに挑戦する。汚い試合でも名だたるチャンピオンは、黒人、ドイツのもと娼婦あがりという大胆なナレーションで紹介される。試合は噂にたがわず、彼女の放った反則の肘打ちで、挑戦者ヒラリーの顔面が鮮血に染まる。そして彼女の勝利を告げる筈の、試合終了のゴングが鳴った時、敗北したもと娼婦の憎まれ役が、ヒラリーの背後から頭部に怒りの一撃を炸裂させる。もんどりうって倒れ込んだヒラリーは、コーナーの木椅子で首の辺りを強打する。ここで彼女の人生は、輝かしいボクサー生活から、いっきに終えんへと向かう。第1第2頚椎骨、脊椎損傷、全身麻痺、自己呼吸不能、床ずれ、左足切断と画面が移る。ベッドに酸素吸入の管をつけた彼女と、イーストウッドとの会話が哀しい。自分はもう十分に生きることができた、これ以上の生を望まない、管をはずして欲しいと、切れ切れの呼吸音で訴える。しかし彼女の哀願を拒んだ彼は、教会へ救いを求めるが、舌を噛み切って再び血まみれの彼女を見た時、遂に決断する。彼の最後のキスに、彼女はかすかに微笑んだように思えた。医療機器モニターの、彼女の生命の波線が1つずつ消えていく、そんな映画であった。私の隣に1つ席を置いた女性が、時おり小さく鼻をすすっていた。作品共にアカデミー賞に輝いた主演女優、ヒラリー・スワンクは、撮影に当たり、毎日3時間、3か月のトレーニングを行ったそうである。道理でパンチに迫力があった。クリント・イーストウッドは、活劇俳優としてのみならず、監督としても一流である。だが同じく彼の作品、「許されざる者」もが受賞作だとは知らなかった。
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