移り行く日々

J.Kou


日々、凡々として


(古処山)


何か書きたいことがあって、パソコンに向かうわけでは、必ずしもない。今度は何を書けばいいのかと、むしろ苦痛に思うことが多い。日毎に目新しい事があるわけでなく、悉くは日常茶飯の繰り返しである。余程何かにのめり込む程の情熱や感動があればいいのだが、そのような標的が見当たらない。囲碁、カラオケ、俳句、山登りと、小人閑居よりは益しだとばかり出かけるのだが、どれと言って精魂を傾けるほどではない。囲碁にしても、YさんやHさんなど手ごろな碁友がいたのだが、次々と大病を患って来なくなった。自然淘汰でもあるまいが、強豪ばかりが残って、私の入る余地がなくなってしまった。石をいくつ置いても、気分が萎えがちである。カラオケも、所詮は私には空桶である。かって「孫」という歌が流行った頃、将来自分は「ひ孫」を歌って、ささやかな財を成したいと夢見たことがあった。群小の老歌手を夢想したのであった。ちなみに声を聞かせてごらんと、スナックのママに云われ、熱唱したが、とどのつまりは、今の仕事にいそしみなさいと、おっしゃったものだ。俳句はこの頃、再入門したばかりであるが、独特の意味難解な漢字が多い。植物名だが、ちなみに揚梅とか忍冬とかの文字が読めるだろうか。学ぶには歳が過ぎたかと妻にこぼしたら、思い立った時が学ぶ時期だと、利いた風なことを云った。だが、毎日俳壇の句を根気よく抜粋ノートするなどを見ると、私よりは堪能であろうと思わざるを得ない。山登り、登山、ああ、古処山には行ったが、あの8百数10メートルの苦行を思い出す。容赦のない勾配と岩場の道で、手荒い歓待をしてくれたものだ。もう少し花の小枝の優しい手を、差し伸べてくれたってよさそうなものだ。今1度出向くには、それなりの覚悟が要る。気力体力の充実の日をまって、慎重に考えることにする。今日もパソコンの前に、あれやこれやと思案のうちに1日が暮れた。どうと云うこともなく、変りばえのない1日であった。
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