身辺日録

J.Kou


音楽

音楽などと、上段に振りかぶったのは拙かった。私の場合はカラオケなのである。明日はそのカラオケ教室なのだが、何を歌おうかと思案する。これまで自分のおはことばかりに、「ふりむけば日本海」「愛と戯れの隣に」「ひとひらの雪」「雨の港」などを多く歌ってきた。ある時目先を変えようと、「高校3年生」を歌ったら、小母さんたちが手拍子を打ってくれた。てれかくしに眠気覚ましですと云ったら、先生が笑っていた。いやしかし、私はこの歌が好きなのである。昔々、教室で交わした合ったあの視線を、一挙に失った卒業の日が、舟木一夫の制服姿とだぶって思い起こされる。
私がいま歌ってみたいのは、「カスバの女」と「圭子の夢は夜ひらく」である。そこに歌われるのは、人生の謳歌ではない。男と女の別れや、むしろ投げやりの人生の暗さであり、退廃の色が漂う。こんな歌を今更物好きというか、カラオケの先生は渋い顔をするかも知れない。
今日は、昨日に続く2日めの日直であり、勤務時間もあと1時間ばかりになった。昨日より余程静かで、女子職員1人が、2階でパソコンの仕事をしているらしい。私の居る日直室の、暖房の音と、柱時計の音の他は、長い廊下も静まり返っている。私はカバンから、カセットを取り出すと、演歌歌手、鏡五郎の「いのち坂」を、小さく鳴らして聞いた。コーラスも交響楽も分からない私には、これが自分の音楽であった。
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