身辺日録

J.Kou


明日は電車に乗って

学校、公民館と、9日間続いた仕事も、ひとまず今日、今夜で終わることになる。いま70才にして、些細ながら仕事を持てるのは有難いことだが、仕事から、解放される喜びはまたひとしおである。70才も17才も、おそらく80才も、自由の身の喜びになんら相違はあるまい。更に云えば、恋の喜びも失恋の痛手も、年令に関わりなく、また同様であろう。私こと、70才の額の深いしわは、思慮分別とより、ひたすら老いの醜さを加えたに過ぎなく思える。
明日は久しぶりに下り電車に乗ろう。実は妻に、地球儀を買ってくるように依頼されているのである。最初100円均一の店をのぞいたが、さすがに見当たらなかった。文房具店にもなかった。だから明日は電車に乗って、然るべき店に出かけるのである。妻は来年、友人とスイスの国へ行くのだそうだ。だからそこが、地球上の那辺の位置にあるかを確かめ、未知の国への夢を膨らませたいのであろう。妻は今までに、トルコ、ハワイ、それにもう1つ何処かへ行っている筈である。彼女の話を、上の空に聞く事があるので、互いの話がかみ合わないことがある。それにしても、スイス行きの妻と、その場所表示を手にしようとする私とでは、じつに冴えない夫婦の図柄ではある。何故か大木に蝉といった言葉が浮かんでくる。しかし私は、スイスまで出かけずとも、県南の雄、久留米の路地裏でいいのである。あの辺に、「おつかれさん」とか店名の飲み屋があったが、明日はそこへ寄ってみるつもりだ。太めのママさんだったが、それでこそ私には好ましい。太めでこそ大地の母なる趣がある。これぞ蓼食う虫の類であるか。
今朝は、8時半に出勤し、トイレや館内の掃除をし、2,3の人の訪れがあった。私は日誌を書き、パソコンに向かい、昼食のパンを食べた。午後からまたパソコンを続け、、文化広報などを開くうち、時計の針は、ようやく午後4時をまわって、日が陰り始めた。これから5時に退館し、7時までにまた開館することになる。ほどなく舞踊サークルの女性たちが、ちらほらやって来て、発表会間近の踊りが、10時近くまで続くのである。それが済むと、本日閉館の戸締りを注意深く行い、私はいそいそと帰り支度を始めるのである。何はともあれ9日間であったか。私は9回を完投したハーラーのように、腹の底から喜びが込み上げてくるようであった。
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