J.Kou
高校生の頃
高校3年を通じて、君とは一言も言葉を交わすことがなかった。50年が過ぎた今も、私はそれを一番悔いている。
君は体がふっくらとして、背丈もクラスで一番前だったと思うけれど、ピンで分けた髪がきれいだった。窓際で、風に
吹かれる君の方を見ると、君も優しい視線を返してくれた。君も僕も、同じ校章を付けていることが嬉しかった。
それなのに何故、会話をしなかったのだろう。
私はその頃から、数学が分からなくなった。板書されたグラフの曲線が、女性の乳房のそれに似ているように思えた
私の転落の始まりであったか、退屈なままに、君の方をぼんやりと見やったものだ。
私はその後の学校でも、職場でも、酒場でも、世の男性と同じく多くの恋をした。しかし時間の流れの中に、彼女たち
の面影も思い出も、悉く埋没してしまった。ただ君一人だけが、今も私の胸に生き生きと息づいている。我ながら
不思議な気がするが、君のクラスでの明るい笑顔と、私に寄せてくれた優しい眼差しが、きっとそうさせるのだろう。
私はいつか君を尋ねてみたいと思っている。君を尋ねるの旅三千里である。
例え50年の歳月が、あの頃の君の可憐さも、優しさも、明るさも、全てを変貌させ、奪い去っていたとしてもいい。君
に会えさえすれば、私は1つとして悔いることはない。