晋侯、三行を造る。
 
(春秋左氏伝) 

 魯の僖公の二十八年、晋侯が、従来の三軍の他に三軍を造った。しかし、「王は六軍、諸侯は三軍」とゆう決まりがあった為、新しい軍は「行」と名付け、六軍ではなく、「三軍三行」と称し、この軍隊で狄を防いだ。
 三十一年。晋は五軍に編成しなおした。 

(東莱博議) 

 責めるべき事ではあっても、責めてはならない場合もある。
 奢侈は責めなければならない。だが、これに多くの物を与えて、奢侈を責めるのは不可である。溺酔する者は責めなければならない。だが、沢山の酒を飲ませて溺酔したことを責めるのは不可である。 

 さて、晋では武公が始めて軍隊を造った。やがて、献公の時に国力が増強し、一軍を増して二軍とした。そして、文公が覇者となった時、一軍を造ったが、まだ足りないとして三行の制度を作り、実質的には六軍にしてしまった。上辺は、天子の六軍を避けて、「三軍三行」と名乗っていたが、実質的には、天子の兵力を僭上したのである。
 これを論ずる人間は、文公の僭越を責めるべきだと言うが、私はこれこそ、責めるべきだが責めてはならない場合だと考える。 

 かつて、周の軍事制度を聞いたことがある。五人で一伍、五伍で一両、五両で一卒、五卒で一旅、五旅で一師、そして五師で一軍である。だから、一軍の兵卒はほぼ一万二千五百人となる。これに一人でも足りなければ不足するし、一人でも多ければ余る。
 大国は三軍である。百里四方の領土で、どうにか三軍の兵卒を養える。次国は二軍。七十里四方の領土で二軍を備えることができる。小国の一軍は、五十里四方で一軍を備えられる。
 土地が限りあれば、民にも限りがある。民に限りがあれば兵卒にも限りがある。六軍を僭侈しようとしても、兵卒が居なければ出来はしない。 

 王が諸侯へ目を光らせる時、諸侯の典祀が度を過ぎていたら、これを詰問しなければいけない。乗輿や服装が天子を模したら、詰問しなければいけない。その他、宮室・楽舞、全て天子は天子、諸侯は諸侯、それぞれに決められたやり方があり、これを踏み外したら詰問しなければならない。
 だが、軍隊の数だけはそうではない。それは、軍隊とゆうものが、典祀・乗輿・服装・宮室・楽舞よりも軽く扱えるからではない。諸侯へ対して限られた土地を与えれば、養える人間は限られている。軍隊で僭侈しようとしても、できはしないのだ。
 天子の態度がしっかりとしており、諸侯達が自分の領分を守り、大国が小国を侵さず強国が弱国を犯さなければ、領土は変わらず、人口も変わらず、軍隊も増減しない。晋のように僭侈したくても、どうしてできようか。 

 それでは、晋はどうして六軍を造ることができたのだろうか。それは、周王室の権威がなくなってしまったからだ。
 王室が諸侯を制御できなくなってしまい、弱肉強食の時代となった。晋はそのご時世を良いことに、南呑北噬、東攘西略して、領土を拡大した。土地が増えれば人口が増え、人口が増えれば軍隊も増設する。そう、野が広ければ風強く、川が漲れば舟が高く動くように、国が大きくなれば兵卒も多くなる。何の不思議もありはしない。
 既に、その国に他国を併合させながら、その軍隊が増えたことを責める。これは多くの物を与えて奢侈を責め、沢山の酒を飲ませて溺酔したことを責めるようなもの。これこそ、責めるべきではあるが、責めてはならない事である。
 ここに勤皇の人間が居て、周王室の為に謀るとしたら、晋が他国を併呑することを禁じるべきである。軍隊の多寡については、周王室全体として見た場合、全く損益がないのだ。
 周がもしも晋の併呑の罪を厳しく追及して、その土地を奪い、民を他の国の民とすることができれば、それで宜しい。そうでなければ、たとえ晋が一つの軍隊しか持たなくても、他の国の六軍隊分の兵卒がそこにいるのなら、晋の強さは自若としている。それを分けて六軍としても、国力が増強するわけではない。この一軍は分けた後の六軍であり、六軍は分ける前の一軍である。一を喜び六を怒ったところで、全く意味がないではないか。 

”すると、「軍隊の数の多寡は、規制する意味がない」と言われるわけですね。ですが、そのお説の通りとするならば、先王が定めた礼節の中に、たとえ一つでも例外を設けることになります。堤防が蟻の穴から壊れるように、先王の定めた礼節が、一つの例外からすっかり全部崩れることになりはしませんか?” 

 いいや、そうではない。
「商人が綾絹を着てはならない。」とゆうのは政治の肝要だが、「盗賊は綾絹を着てはいけない。」と、わざわざ法律で決める必要があるのか?それ以前に、盗んだとゆうことで、これを罰するのが当然ではないか。
 盗賊が、盗まなければ綾絹を着れないように、諸侯も他の諸侯を併呑しなければ、新しい軍隊を増設できないのだ。他の国を併呑した罪を詰問しないで、軍隊を増設したことを詰問する。そんな道理が成り立たないのだ。 

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