隴西の李暠
隴西の李暠は学問好きで、令名が高かった。かつて、郭暦や弟の宋搖と同宿した時、郭暦が起き出して宋揺へ言った。
「君は位人臣を極め、李君は最後には国主となるだろう。どこかの雌馬が、白い額の駒を生んだら、その時こそが飛躍の時だ。」
やがて、孟敏が沙州刺史となると、李暠を効穀令とした。又、宋揺は北涼王段業に仕え、中散常侍となった。
孟敏が死ぬと、敦煌護軍の郭謙や沙州刺史の索仙等は、李暠を敦煌太守に推戴した。彼が温厚剛毅で善政を布いていたからである。李暠は当初、これを辞退した。
そのうちに、宋揺が李暠へ連絡を寄越して、張腋から戻ってきたいと告げた。
「段王には遠略がない。いずれ国を滅ぼすのが関の山。兄上は、郭暦の言葉をお忘れか？白額の駒は、今、生まれたのだ。」
そこで、李暠はこれに従い、段業のもとへ使者を派遣して、推戴された事情を伝えた。すると、段業は、李暠を敦煌太守に任命した。
索嗣の画策
右衛将軍の索嗣は、敦煌出身の人間である。彼は段業へ言った。
「李暠を敦煌へ置いてはいけません。」
そこで、段業は索嗣を敦煌太守に任命して李暠と交代させた。
索嗣は、五百騎の兵を率いて任地へ赴いた。そして、敦煌から二十里の所まで来ると、李暠のもとへ使者を派遣し、出迎えるよう命令した。李暠が驚いて出迎えようとすると、効穀令の張貌と宋揺が言った。
「段王は闇弱な男。今こそ、豪傑が決起するべき時です。将軍は一国の基盤に據りながら、なんで手を拱いて他人へ授けるのですか！索嗣は、この郡出身です。ですから、住民は皆、自分を支持していると思い上がって、油断しきっております。将軍が迎撃したら、一戦で擒にできましょう。」
李暠は、この策に従った。
それに先だって、まず、宋揺を使者として索嗣のもとへ派遣し、謙った言葉でつけ上がらせた。宋揺は、戻って来ると李暠へ言った。
「索嗣は驕り、その兵卒は軟弱。撃破するなどチョロいものです。」
そこで、李暠は張貌、宋揺及び二人の息子音（「音／欠」）と譲に迎撃させた。索嗣は敗走し、張掖へ還った。
李暠は、もともと索嗣と仲が善かったが、情を振り切って、彼の誅殺を段業へ請うた。索嗣を嫌っていた沮沐男成が、段業へ讒言を吹き込んだこともあり、段業は索嗣を殺した。そして、使者を派遣して李暠へ謝罪し、李暠を「都督涼興以西諸軍事、鎮西将軍」に任命した。
西涼建国
十一月。北涼の晋昌太守唐揺が造反し、六郡へ檄を飛ばした。そして、李暠を「冠軍大将軍、沙州刺史、涼公、領敦煌太守」に推した。李暠は、境内に大赦を下し、「庚子」と改元する。（西涼の成立）
李暠は、唐揺を征東将軍に任命し、郭謙を軍諮祭酒、索仙を左長史、張貌を右長史とする。又、従事中郎の宋揺へ涼興を討伐させ、玉門以西の諸城を悉く制圧した。
酒泉太守王徳も又、北涼に背き、河州刺史と自称した。段業は沮沐蒙遜にこれを攻撃させ、撃破した。
元興二年（４０３年）。段業が卒し、沮沐蒙遜が北涼の王となる。（詳細は、「蒙遜、張掖に據る」に記載。）
三年。李暠は、息子の音を太子とした。
義煕元年（４０５年）、正月。李暠は「大将軍、大都督、領秦・涼二州牧」を自称し、大赦を下して「建初」と改元した。又、舎人の梁興を使者として、建康へ派遣した。
遷都
九月、李暠と張貌は、沮沐蒙遜へ対抗する為、酒泉への遷都を計画した。
まず、張礼順を建康太守として楽棺を統治させ、宋揺を敦煌護軍、息子の李譲を敦煌太守として敦煌を統治させてから、酒泉遷都へ踏み切った。
この時、李暠は諸子を戒めて言った。
「政治を執る者は、賞罰をつまびらかに、そして慎重に行え。愛憎に振り回されず、忠正の者を近づけ、佞諛の臣下を遠ざけよ。側近達の専横を許すな。貶誉については真偽を問え。
聴訴折獄の際は、必ず顔を和らげ理に従え。逆詐や憶測に従ったり、激情に駆られたりしてはならない。
我は在位して五年になる。まだ、民を安らげるとまでは行かないが、それでも垢を含み寸暇を惜しんで来た。朝には寇讐となっても、夕べに心膂を委ね、どうにか新旧の臣下に背かずに来た。
事を任じる時公平を期すならば、結局は落ち着く。始めは容れられないかも知れないが、それが最上なのだ。短期的には不足するようでも、全てを合算して余りがあるならば、何とか他人へ辱ずに済むだろう。」
（訳者、曰。この言葉は味わい深い。李暠が人格を称されるのも当然である。）
北涼の襲撃
二年、九月。沮沐蒙遜が酒泉攻撃の為、安珍まで進軍した。李暠は、これと戦って敗れ、籠城した。沮沐蒙遜は引き返した。
六年、八月。蒙遜が西涼を攻撃した。馬廟にて、太子音の軍を破り、麾下の部将朱元虎を捕らえた。李暠が、二千斤の銀と二千両の金を身代金として差し出したので、蒙遜は朱元虎の身柄を、李暠へ引き渡した。そして、李暠と盟約を交わして還った。
七年、八月。蒙遜が軽騎を率いて西涼を攻撃した。すると、李暠は言った。
「戦わずして敵を破るには、その鋭気を挫くことだ。蒙遜は、我と盟約を交わしたばかりなのに、その舌の根も乾かないうちに再び来寇する。我は城門を閉じて戦わず、奴等の鋭気が挫けるのを待とう。負ける筈がない。」
しばらくして、蒙遜軍は兵糧が尽きたので、軍を撤退した。そこで、李暠は、太子の音に七千騎を与えて追撃させた。蒙遜は大敗し、西涼軍は敵将沮沐百年を捕らえた。
十二年、西涼の司馬索承明が、李暠へ上書し、沮沐蒙遜討伐を勧めた。
李暠は、索馬明を謁見して言った。
「蒙遜は、国の患い。孤としても、それを忘れたことはない！しかし、国力を比べてみると、まだ実行できないのだ。卿に必勝の策があるなら、孤へ述べて見よ。それとも、ただ大言壮語して、孤を東討させるだけか？それならば、『石虎は暴虐だから、殺しましょう。』と言うのと、何ら変わらないぞ！」
索馬承は、慚愧して退出した。
李暠、卒す
十三年、正月。李暠は重病になった。そこで、長史の宋揺に、遺命した。
「吾が死んだ後、吾が世子を卿の子供のように善く訓導してやってくれ。」
二月、李暠は卒した。西涼の官属は、李音を奉じて「大都督、大将軍、涼公、領涼州牧」とした。大赦を下し、「嘉興」と改元する。音の母の尹氏をを尊んで太后とし、宋揺を録三府事とする。三府とは、大都督・大将軍府、涼公府、州牧府である。李暠に「武昭王」と諡した。廟号は太祖。
翌年九月、李音は東晋へ使者を派遣し、襲位を告げた。十月、李音は「都督七郡諸軍事・鎮西大将軍・酒泉公」に任命された。
蒙遜襲来
十三年、四月。蒙遜は、西涼へ対して奇策を用いた。張掖太守の沮沐廣宗に、西涼へ降伏の使者を派遣させたのだ。
李音はこの誘いに応じ、軍を出動させた。蒙遜は三万の将兵を伏兵として待ち受けたが、李音はこれに気がつき、軍を返した。蒙遜はこれを追いかけ、解支澗にて戦い、これを大いに破った。蒙遜は、七千余の首級を挙げ、健康に城を築いて還った。
十四年、九月、北涼の蒙遜が、またまた兵を率いて北涼を攻撃した。李音が兵を率いてこれを防ごうとすると、左長史の張礼順が固く諫めた。蒙遜は、穀物の稔りを刈り取り、これを略奪して還った。
李音の驕慢
李音は、刑罰の適用が厳格で、宮殿を豪奢に造ることが好きだった。
恭帝の元煕元年（４１９年）、従事中郎の張顕が上疏した。
「涼が三分されましたが、この状況は長くは続きません。他の二カ国を併呑してこれを統一する為には、農業に勤しむことが大切です。また、遠国からの帰順を望んだら、寛簡が一番です。今年に入って、陰陽の調和が乱れ、風雨が時期を得ておりません。このような時には、食膳を減らし、わが身を顧みて道を修めるべきでございますのに、刑罰は峻厳で、工事は頻繁に起こっております。これでは、御国は興隆いたしません。
昔、周の文王は百里四方の領土しか持ちませんでしたが、結局は中国全土を支配しました。逆に秦の二世皇帝は全国を支配しながら滅亡してしました。これらの事績を見れば、得失は明白でございます。
太祖は神聖なお姿で西夏から推戴され、左は酒泉を取り、右は西域を切り開きました。殿下がその遺志を継承なされず、涼を統一できぬどころか滅亡させてしまったなら、あの世で何の面目あって先帝へまみえられましょうか！ 沮沐蒙遜は、人傑でございます。内では政治を修め、外では英賢を礼遇し、戦闘の際には兵卒と辛苦を共にしております。それで、百姓は彼を慕い、彼のために喜んで尽くすのです。臣は、殿下が蒙遜を滅ぼせないばかりか、却って彼奴に滅ぼされるのではないかと恐れるのです。」
李音は、これを読んで気分を害した。
主簿の氾称も上疎して諫めた。
「天は、人主の殷勤を愛します。ですから、政治が修まらない時は、災異を下して、人主の心を戒めるのです。それで行いを改めれば、危うい者も必ず栄え、改めない者は、安泰な者も必ず亡んでしまいます。
元年の三月。敦煌の謙徳堂が焼け落ちました。八月には、効穀で地面が裂けました。二年の元日には、濃霧が四方を覆い、
四月には日が赤く陰って、弱々しい光の日々が二旬余りも続きました。十一月、南門に狐が登りました。今年は、春から夏にかけて五回も地震が起こっております。六月には、建康に隕石が落ちました。臣は浅学ではありますが、五十九才になります。殿下の為に、臣の見聞したことを述べさせていただきましょう。
咸安の初め、西平の地が裂け、狐が謙光殿の前へ入りました。この時、俄に秦軍が侵略し、都城を守ることができませんでした。
苻堅が梁煕に涼州を鎮守させた頃、彼は百姓を慰撫せず、税をかき集めることばかりに熱中しておりました。建元十九年、姑藏の南門が崩れ、閑豫堂へ隕石が落ちました。そして、翌年、彼は呂光に殺されたのです。
段業が自立してからこの方、三年の間に五十余回の地震が起こりました。そして、先王が瓜州にて龍興した後、彼は蒙遜から弑逆され、国は簒奪されました。
これらは皆、近来起こった事件で、殿下もよく御存知の筈です。
効穀は、先王が勃興した場所。謙徳は即尊の室。地が裂けるのは大凶の印。日は太陽の精で、中国の象徴です。これが赤くて光がないのは、中国が衰える予兆でございます。『野獣が家に入るのは、主人が出て行く兆しだ。』との諺がございます。狐が南門へ登るのは、最も大きな変異と申せましょう。
今、蛮夷の勢力は益々強まり、中国は益々衰微しております。どうか殿下、宮殿の造営を止め、狩猟を控え、英俊を礼遇し、百姓を愛養して天変に応じ、災いを未然に防いで下さい。」
李音は従わなかった。
西涼の滅亡
宋の武帝の永初元年（４２０年）、西晋を簒奪した宋の武帝は、李音へ「都督高昌等七郡諸軍事、征西大将軍、酒泉公」の称号を与えた。
同月、北涼の沮沐蒙遜は、西涼攻撃を企てた。彼はまず、兵を率いて秦の浩畳攻撃に出かけたが、現地へ到着すると、軍を密かに移動して、川厳へ屯営した。
李音は、この虚に乗じて張掖を襲撃しようとした。宋揺と張礼順が切に諫めたが、聞かない。すると、太后の尹氏が李音へ言った。
「汝の国は建国したばかり。そして、その領土は狭く、民は少ない。守備を固めてもなお足らないことを恐れるのに、どうして他人を討伐する余裕がありますか！
それに、先王は臨終の際、汝をあれ程戒めたではありませんか。用兵は深く慎み、国境を保って民を安らげ、天の時を待て。その言葉は未だこの耳に残っているとゆうのに、どうしてこれを棄てるのですか！蒙遜は戦上手。お前など相手になりません。その彼は、この数年来、常に併呑の志を持っていたのです。
汝の国は小さいのですが、善政を布いて徳を修めて民を養えば、守備を固めて追い返すことはできましょう。
もしも、彼が暴虐ならば、民は汝のもとへ駆け込むでしょう。彼が混迷になれば、その時こそ、汝はこれと戦うべきです。軽々しく兵を動かして、万一の僥倖を求めるなど、とんでも無い！吾がこれを見るに、ただ敗北するだけではありません。この国が滅びます！」
だが、李音は聞かなかった。
宋揺は嘆いて言った。
「今、大事は去った！」
李音は三万の軍を率いて東へ進もうとした。これを聞いて、蒙遜は言った。
「奴め、吾の術中へ陥った。だが、我が軍が移動したと聞けば、前進はするまい。」
そこで、西の境に布陣して、噂を流した。
「蒙遜は浩畳に勝ち、更に黄谷を攻撃しているぞ。」
これを聞いて李音は大いに喜び、都涜潤まで進軍した。蒙遜は兵を率いてこれを撃ち、李音は懐城にて大敗北を喫した。
ある者が、李音へ酒泉まで撤退するよう勧めると、李音は言った。
「吾は老母の言葉を聞かずに敗北してしまった。この上は、あの胡を殺さなければ、何の面目あって母に会えようか！」
そして兵を指揮して蓼泉にて戦い、蒙遜から殺された。李音の弟の酒泉太守翻、新城太守預、領羽林右監密、左将軍眺、右将軍亮等は敦煌へ逃げ込んだ。
蒙遜は酒泉へ入った。この時、兵卒の略奪を禁止したので、住民は安堵した。そして宋揺を吏部郎中に抜擢して、彼に人事を一任した。又、涼の旧臣のうち才覚のある者は、礼を尽くして採用した。
息子の牧建（「牛／建」）を酒泉太守とする。
敦煌太守の李恂は、李翻の弟である。彼は李翻と共に敦煌を棄て、北山へ逃げた。蒙遜は、索嗣の子の元緒を敦煌太守とした。
やがて、蒙遜は姑藏へ戻って涼太后の尹氏と会見し、彼女を労った。
尹氏は言った。
「李氏は胡人に滅ぼされました。何を言うことがありましょうか！」
ある人が尹氏へ言った。
「今、貴女方母子の命は、あのお方に握られているのですよ。それなのに、何と傲慢な！それに、国が亡んで御子息が殺されたというのに、憂いの様子が見えません。何故ですか？」
すると、尹氏は答えた。
「存亡死生は皆、天命です。泣きじゃくるなんてみっともない！それに、吾はこの年になって国が敗れ家は亡んだのです。今更どうして他人の臣妾となってまで余生を貪りましょうか！ただ、早く死ぬことのみが、妾の願いです。」
蒙遜はその性根を嘉し、尹氏を赦し、彼女の娘を牧建の嫁とした。
敦煌陥落
李恂は、敦煌に在りし時、善政を布いていた。それに対して、索元緒は粗暴な男で、虐殺が好きだった。結果、衆望を失ってしまった。それで、住民の宋承と張弘が李恂を呼び寄せた。
十月、李恂は数十騎を率いて敦煌へ戻った。索元緒は、涼興へ逃げた。
宋承達は、李恂を冠軍将軍・涼州刺史に推戴し、「永建」と改元した。そこで、蒙遜は世子の政徳に敦煌を攻撃させた。これに対し、李恂は籠城して抗戦した。
二年、正月。蒙遜自ら二万の軍を率いて敦煌を攻撃した。
三月、蒙遜は堤防を築いて敦煌を水攻めにした。
李恂は降伏を請うたが、蒙遜は許さない。宋承等が城を挙げて降伏したので、李恂は自殺した。蒙遜はその城を屠り、李恂の甥の李寶を捕らえて姑藏に幽閉した。
ここにおいて、西域諸国は、皆、蒙遜に臣従することを請い、朝貢するようになった。
（訳者、曰）
李暠は、人格を称されて主君となった。その遷都の時の訓戒を聞けば、なるほど頷ける。その言の嘉きこと、百世の範とするべきである。辺域の数郡しか有せず、短命に終わった西涼が、十六国の一つとして数えられるのも、李暠の人徳故ではないだろうか？（実際、西燕のように、十六国に数えられなかった政権もあるのだから。）
だが、惜しむらくは子息を教育できなかった。西涼が二代で滅亡してしまったのも、李音の人格ならば、又、頷ける。哀しいかな。