さて、南京で即位した福王は、左恋第と陳広范を使者として派遣した。彼等はまず呉三桂の元へ赴いたが、呉三桂はその時既に九王の爵位を拝受していた。
呉三桂にとって、明への忠誠はもはや過去のものに過ぎない。だから彼は、左恋第から面会を要請されても、言を左右に断った。
゛さては呉三桂め。既に九王の狗となったか。゛
左恋第は呉三桂に見切りをつけ、北京へ向けて出立することにしたが、それに先だって文を渡した。
「これから北京へ参りますが、実は私は多くの金絹を携行しております。これは福王から九王への贈り物です。しかし、この先、斉、幽、燕の一帯は、盗賊が横行しているとのこと。何とも物騒な限りですので、できれば閣下の兵に護送していただきたいのです。」
彼は、これにかこつけて一度でも面会をしようと試みたのだ。
左恋第が携行したのは福王からの賜下品である。呉三桂が彼と面会した後にその宝物を部下に護送させれば、傍目にはどう映るだろうか?まして九王は猜疑心が強い。呉三桂と南朝とに疑いを持つに違いない。この反間工作の後、南朝への帰順を迫ろうと考えたのだ。
だが、呉三桂は九王の猜疑心を良く知っていた。自分が護送するのはまずい。何とか断ろうと考えている時、祖沢清がやって来た。彼は祖大寿の息子で、呉三桂の親戚に当たる。もちろん九王の麾下にあり、官職は総兵である。
「おう、何かあったのか?」
「実は南京で福王が即位したとのこと。かつて北京の陥落間際に、崇禎帝は二人の王を逃がしましたが、これは彼等に南京政権を樹立させようとの構想でした。とするならば、福王の即位は道理に叶っております。さて、この南朝が使者を派遣したと聞いて居るのですが、こちらを経由して来るとのこと。将軍はもうお会いになられましたか?」
「ああ、もう着いている。しかし憚りがあるので面会はしておらんよ。」
「憚り?客が往来するのは日常のこと。何の憚りがありますか!」
「だが九王殿下は猜疑心が強い。私が南朝の使者と面会したとなれば、兵を差し向けかねん。だから面会できないのだ。」
祖沢清は憤然と顔つきを改めた。
「父はよく言っております。『わしは満州へ逃げたが、明を忘れたことはない。』と。もしも機会さえ有れば、必ず明皇室再興のために尽力するでしょう。ですから洪承畴などは、恥ずかしくて父と会えないのです。ただ、父の兵力では単独挙兵はできません。今、将軍は数十万の軍勢を擁して居られます。もしも挙兵して九王の北京占拠を詰問すれば、南朝も意気が揚がります。その時こそ、我が父は将軍の援護ができるのです。
北京城内では父の援護があり外には南朝の基盤もある。この一挙こそ、将軍が汚名を挽回し大功を建てる絶好の機会です。どうかよくお考え下さい。」
聞き終えて、呉三桂は嘆息するばかり。一言も答えなかった。
「将軍は心の病にかかられたのですか!」
「心病ではない。力が足りないのだ。挙兵する前に、九王から機先を制されたら打つ手がない。」
「宣戦布告してから挙兵するおつもりですか?」
「南朝は成立したばかりで援軍として期待できん。」
「考えすぎです。人間は威勢の良い方に流されるのですから。もしも挙兵しなければ、それこそ南朝はジリ貧でしょう。将軍が大呼して反旗を翻せば、南朝の威勢も揚がり、必ず一働きしてくれます。」
呉三桂は黙り込んだ。その有様に心中を見て取り、祖沢清は嘆息して立ち上がった。
「お邪魔いたしました。」
「これからどうするつもりかね?」
「陳・左の二大使にお会いして、ここに留まっても無駄だと伝えましょう。将軍には、もう、明朝の為に力を尽くす気が無くなってしまったのですから。」
祖沢清は一礼して退出した。
呉三桂は、ここに至ってもぐずついて決断できなかった。
満州の臣下と成り下がれば、世間の口が恐ろしく、遺臭は千歳まで残ってしまう。だが、福王につけば兵力差は歴然としており命さえ保ちがたい。ただ悶々として毎日を送るばかりだった。
すると、九王が王多鋒に兵を与えて派遣してきた。表向きは出征だが、その実は呉三桂の監視である。この時、九王も福王も、呉三桂の動向を注視していた。そこで、福王の使者が彼の元へ来たと知った九王は、造反を防ぐ為に呉三桂の領土を加封すると共に監視を派遣したのだ。
片や福王は、呉三桂が九王から平西王の爵位を受けたと知り、大いに慌てた。自分が与えたのは伯爵号だ。これでは向こうへ逃げてしまう。そこで、太僕卿の馬紹愉を使者として派遣した。今回与えるのは蘇国王である。更に、馬紹愉には、先の二大使と合流して北京まで行くよう命じた。
だが、このような使者が度々来ることを知った九王は、呉三桂を北京へ召還してしまった。呉三桂は命令に背けず北京へ進軍した。そうゆう訳で、三大使は遂に呉三桂に会えなかった。
彼等は、祖沢清の言に従い北京へ向かうことにした。出立の時、祖沢清は言った。
「弟の沢溥が都にいます。北京へ着いたら会って下さい。必ず力になりますから。」
「判りました。どうか貴方も御尊父の言葉に背かずに、本朝へ力添え下さいますよう。」
祖沢清は涙を零して酒席を設け、彼等を送り出した。又、中途での盗賊を慮り護衛の兵も与えたのである。
こうして、三人は北京へ向かった。
その途中、彼等は済寧を通ったが、ここは方大献が統治していた。彼は九王へ降伏した後、山東巡撫に任命されたのだ。
方大献は、南朝の大使が通ると知り領内へ布告した。
「江南の使者が通過するが、我が良民は、彼等に決して敬礼してはいけない。」
左恋第はこれを知り、盗賊から襲われることを疑って、逗留もしないで通過した。
「方大献は聖賢の書物を読んだ筈だが、何を学んだのだ?投降したら即座に旧恩を忘れ去るとは!」
その日、彼等は天津まで進んだ。すると、巡撫の駱養性が挨拶に来た。彼も又、明の朝臣で九王から天津巡撫に命じられていた。
彼は三人を礼儀正しくもてなし、快適な宿舎と盛大な宴席を準備した。明への想いは、彼の言葉の端々からも感じられた。
「九王の禄を喰んだのは、某の一時の不明。今、貴公方を見ると、我が身が恥ずかしい。」
馬紹愉は言った。
「貴方こそ、未だに本朝を慕っておられる。方大献など、犬や豚より劣る奴だ。」
左恋第が言う。
「貴方が本朝を慕われているのなら、事ある時は加担してください。」
「それはその通りですが、巡撫には兵権はないのです。」
そう答えて、駱養性はため息をついた。
駱養性の好意もあり、三人はここで二日ほど、ゆっくりとくつろいだ。すると意外にも、出立の日に北京からの使者が突然やって来た。九王ドルゴン直々の命令が降ったのだ。
「天津巡撫の駱養性を降格する。速やかに北京へ連行せよ。」
その原因は、彼等には明白だった。
「九王がこうでは、賜物をしても意味がないぞ。」
「ああ。しかし、君命を途中で放棄するわけには行かない。」
三人は、落胆しつつも、更に道を進んだ。
話は前後するが、彼等が河西地方まで来た時、人だかりがあった。看板に何かを書いた紙が貼り付けてある。
我惟俯循而行、汝有正面而立。 私は頭を下げ、貴方は傲慢に見下す。
原非不令而行、何怪見賢而慢。 貴方に従っているのに、賢人を何と粗末にするのか。
左恋第がこれを書き写したが、何を揶揄しているのか判らなかった。三人で角つきあわせたが、やはり解けない。とうとう諦めて先へ進んだのだが、九王へ取り入りたがっている人間が、これをはがして九王へ報告した。
「南朝の大使達がこのような文書を書き写して持って行きました。」
九王にも意味が分からず、文書の巧みな者に解釈を命じた。命じられた男は、(彼も明から降伏した官僚だが、)答えた。
「九王殿下をからかった文書です。」
九王は憤慨した。丁度その時、駱養性が彼等を歓待しているとゆう報告が入ったのだ。かくして、先の更迭となった。新たな天津巡撫は王永贅。彼は駱養性が更迭されたのを知っているので保身に走った。
「南朝の大使へ敬礼してはいけない。」
ところが、明を慕う人間は、ここにはけっこう多かった。このお触れが出ると過激派は憤慨し、一気に暴動が起こった。彼等は役所へ乗り込んで王永贅を捕まえて樹の枝につるし上げると、争うように唾を吐き掛けた。
この事件も九王の元へ報告された。それやこれやで九王は、南朝とは絶対に和議を結べないと確信した。
そこで、九王は会議を開き、彼等の処遇について大臣と協議した。
この会議には、明からの降将としては洪承畴・謝升・馬銓の三人が参列していた。中でも馬銓は、まず李自成に降伏し次いで満州へ降伏したとゆう経緯があり満州人からの嘲笑の的となっていたので、地位を保つ為、ここでどうしても九王に媚び諂っておきたかった。
「今日、既に北京を占領しました。中国全土の平定など、もう造作有りません。南朝の使者が来たら即座に斬り殺し、宣戦布告いたしましょう。」
この提案に、一座はドッと沸き上がった。だが、その中で洪承畴が敢然と言った。
「戦争中でも、軍使を斬らないのが礼儀です。そのようなことをしたら、これからどのような使者も来なくなってしまいます!」
「うむ。それも一理ある。」
九王が頷いたので、とりあえず謁見だけは行うこととなった。
数日後、左恋第の一行が北京へ到着し、閣僚達と対面した。この時、洪承畴・謝升・馬銓の面々は三人共参列していた。洪承畴は、彼等の姿を見た時から慚愧の想いに耐えきれず赤面しっぱなしだったが、謝升はもっと珍妙だった。彼は満州族の冠を就けて参列していたのだが、明の冠に変えたがったりして、始終落ち着かなかった。ただ、馬銓のみは傲慢にふんぞり返っていた。真っ先に口を開いたのも彼だった。
「我等が九王は、とっくに汝等の国を滅ぼしておるのだ。朝貢に来るのが遅すぎるではないか!」
すると、左恋第が答えた。
「貴公ももとは明の官吏だったものを、なんたる豹変か。今、我等は詔を持って隣国の好を通じようとやって来たのだ。臣下として頭を下げに来たのではない。一つには、満州が逆賊を駆逐し先帝の葬礼を行ってくれたのでお礼の賜を渡す為、二つには先祖代々の宗廟を祀る為。その為に国書を持ってきたのだ。まだ明は亡んではいない。南京にて福王が即位したことを貴公は知らないのか?」
「表文を持ってきたというのなら、サッサと礼部へ渡して引き下がるがいい。」
「我等は税を納めに来た節度使ではないぞ。対等の国家として国書を持ってきたのに、何で礼部へ提出するのだ?明の朝廷での礼儀を思い出し、摂政王へ取り次ぎなさい。我々は殿上まで国書を持参しよう。それができないと言うのなら、この国書を南朝へ持って帰るまで。これは断じてゆるがせにできません。」
そう言って、彼等は退出した。
この会見で左恋第等は、和議の余地がないことを改めて痛感した。呉三桂が帰京していると聞いたので会いたかったが、呉三桂は大使達が入京する前に逃げ出していた。李自成追撃がその名目である。そこで、祖沢清の言葉を思い出し、祖沢溥と会うことにした。祖沢清の紹介状を届けると、祖沢溥は即座にやってきた。
「あなた方が来られているのは知っていました。実は私の方もお伺いして南京の実状などお聞きしたかったのです。それに、何かお役に立つことが有れば、どのようなことでもいたします。」
左恋第達は今までの状況を逐一話して知恵を借りたが、祖沢溥は力無く首を振った。
「私はまだ祖国を忘れておりませんし、父の教えも同じです。ただ、和議の件については、九王にしか権限がありませんし、私は閣臣ではありませんので、関与できないのです。」
すると、馬紹愉が聞いた。
「九王は中国全土を併呑するつもりでしょうか?」
「言うも忍びないことですが、あなた方はすぐに南京へ引き返し、防備の徹底を進言するべきでしょう。」
大使達は涙を零した。祖沢溥も嘆息した。もう、語ることは何もない。ただ、最後に左恋第が言った。
「せめて貴公は、故国を忘れなさるな!」
祖沢溥は頷いて、退去した。
翌日、彼等を鴻臚寺へ連行するよう、九王の命令が降った。そして、鴻臚寺は満州人以外立ち入り禁止とされた。
その日、大臣のゴルヒジが鴻臚寺にて左恋第達を迎えた。大使達が会見の部屋へ入室した時、ゴルヒジは立ち上がりもせず、彼等に座るように言った。
「我等は胡座に慣れていないのです。椅子はありませんか?」
ゴルヒジは椅子を持ってこさせた。彼等が着座すると、ゴルヒジは言った。
「逆賊が北京を占領した時、江南は一兵もよこさなかった。ところが、我等が逆賊を掃討した途端に皇帝を僭称した。どうゆうつもりだ?」
すると、左恋第が答えた。
「先帝の崩御は早すぎて、各地からの応援が間に合わなかったのです。北京が占領されてから、今上陛下は江南へ逃げられました。そこで大勢の人々から推戴されて即位したのです。その上、今上陛下は先帝のいとこに当たり、序列の上でも正統です。何で『僭称』と言われるのですか?」
「先帝が崩御した時、お前達はどこにいた?今更ノコノコ現れて饒舌ばかりふるいおって。」
「その折り、私は淮河地方で兵糧を集めており、陳・馬の二君は南京政府に仕えていました。」(南京には、もともと北京が陥落したときの為の予備の首都としての組織があった)
「今更、何が望みでやって来たのだ?」
「貴国へ贈り物をし、皇陵を祀るために!」
「俺達にも金はある。贈り物などいらん。それに、皇陵も俺達が祀ったからそれで十分だろうが。」
「それより、貴国の摂政王は国書を受け取って下さるのでしょうか?」
「金絹も国書も、その管轄の官吏が処理するさ。」
取り付くしまもなかった。このままでは国書を九王に渡すことができない。とうとう左恋第は最後の手段を使うことにした。と、言うのは、もともと九王への賜物の他に、呉三桂へ渡す為に白銀を一万両持参していたのだ。だが、呉三桂は面会さえしてくれない。
そこで、左恋第はゴルヒジへ言った。
「ここに白銀が一万両ございます。何かとお世話になりますお礼に、ゴルヒジ殿へ受け取っていただきたいのですが。」
ゴルヒジは大いに喜び、一々手応えを確かめながら受け取ると、サッサカ退出した。彼等はそのまま待たされたので、何事かと思っていると、やがて官吏が出てきた。
「ゴルヒジ閣下には急用ができましたので、今日はこれまでといたします。とりあえず宿舎へお戻り下さい。」
左恋第等は、仕方なく宿舎へ戻った。そのまま二、三日音沙汰がなかったが、様子を知ろうにも、宿の出入りさえままならない。すると、突然九王からの召見が掛かった。案内に従って彼等が出仕すると、摂政王は既に自分の席で待ち受けていた。三人の大使は、その下座に着いた。
「お前達は身勝手な奴等だな!国難には一兵も出さなかったくせに、逆賊が片づいた途端、我々と領土を争うつもりか?」
今回も、正使の左恋第が口を開いた。
「今上は、正統な継承者でございます。統治者が居なければ、国は一日も持ちません。ですから臣民に推戴されて南京で即位したのです。戦うつもりなど有りません。」
「お前達は軽く言うが、わしは兵を率いて南下するつもりだ。福王の即位が正当か否か、じっくりと見せて貰おう。」
「長江の南北は水路が複雑に入り組み、とても騎馬は走れませんので、殿下にそこまでのご苦労はお掛けさせられません。境界を定めて分割統治し、互いに友好を保とうではありませんか。それに我が国は東南の片隅ですから、見るほどのものはありません。」
「誰が物見遊山と言ったか!各々やるべき事をやろうと言ったのだ!」
摂政王は、衣を払って退出した。すると、室内にいた官吏達が彼等を鴻臚寺へ連行して幽閉してしまった。
゛処刑されるかも知れない。゛
その不安が、三大使の胸に去来した。針のむしろの上に座るような毎日だったが、やがて摂政王の使者がやって来た。
「お前達を死刑にしろと言う声が多かったがな、洪承畴が必死になって助命嘆願したので、殿下も寛大になられたのだ。『たかが三人くらい殺したとて、江南の国力は削げないし、活かしたとて手強くなるものでもない。どこへなりと行っちまえ、』とよ。」
こうして三人は寺から追い出された。もう、これ以上ここにいても意味がない。彼等は江南へ向かったが、その途中、満州王が北京へ到着したとの風聞を聞いた。彼は改元し、皇帝位へ即いた。「清」王朝が、本格的に創立したのだ。
「徒労だったな。和議は成らなかったし、先帝の陵墓さえ祀れなかった。」
三人が代わる代わるにため息をついていると、突然一騎の騎兵が、大勢の部下を率いて駆けつけてきた。
「お前達、止まれ!摂政王の命令だ。正使の両名は北京へ戻れ。俺が連行する。」
三人は大いに慌て、談義をしようとしたが、騎士はそれをすぐに妨げた。
「摂政王の命令は、三人ではない。」
あくまで左恋第と馬紹愉の両名だけである。陳広范は驚いて二人に縋り付いた。
「我々は三人で勅命を受けたのではありませんか。なんで一人だけ帰れましょうか?貴公達と共に黄泉の先帝の元までもお供したい。」
すると、左恋第がこっそりと耳打ちした。
「三人一緒に殺されては、我等の消息を誰が南朝へ伝えるのかね?お前は急いで江南へ帰れ。奇襲を受けないように、防備を厳重にさせるのだ。」
それでも彼は騎士へ向かって言った。
「我々は釈放されたのではなかったのですか?それに三人で行動したのに、何故また二人だけが連行されるのですか?」
「知らん。俺が知っているのは摂政王の命令だけだ。」
彼は二人を連行した。その姿が見えなくなるまで、陳広范は彼等を見送った。
この後、左恋第と馬紹愉の両名は二度と戻ってこなかった。ただ、陳広范一人南朝へ戻り、以上の経緯を報告した。南京朝廷は清の意向を知り、国防に大わらわとなったのである。
だが、その話はもう少し後へ延ばして、今はひとまず場面を変えよう。
都落ちした李自成は、一時は滅亡寸前だったが、危ういところで呉三桂が退却したため、一息ついていた。この軍団は陜西、河南の各省を攻め、なんとか平陽辺りに基盤を作ることができた。南朝の使者と会いたくなかった呉三桂は、その噂を聞き、良い口実とばかり出陣し、平陽目指して進撃したのである。
呉三桂の進撃を知った李自成は、軍議を開いた。
この軍議では、まず、李岩が言った。
「四川は天険の地。このまま河南、荊、襄と進撃し、成都を占領して腰を落ち着けましょう。そこで兵力を養ってから、再度討って出るのが上策かと。呉三桂が率いるのは新手の精鋭。我が軍は敗残兵。これでは勝負になりませんので、一時退却するのです。」
すると、牛金星が言った。
「そりゃ良くねえ!我等は敗残とは言っても、まだ数十万の軍兵を擁している。呉三桂は遠征軍だから、着く頃には疲れている筈だし、満州兵だって多い。大体彼奴は野蛮人の手先になった裏切り者。俺達が大義を高らかに叫べば、兵卒の志気は高揚し、一人で百人はやっつけられる。呉三桂がいくら剽悍でも畏れるにゃ足りんよ。大王が大敗の恥を雪ぐのはこの一戦!何で逃げたりして良いものか。」
「牛卿の言う通りだ。朕は大業成就を目前に、あの呉三桂めにしてやられたのだ。しかも、野蛮人共を引き込んで!納得できん!ここで一戦あるのみだ!」
かくて、李岩の献策は却下され、彼等は陣を構えて呉三桂軍を待ち受けた。
呉三桂は、敵が大軍なので部下を疲れさせないように、ゆっくりと行軍していた。ところが、途中で斥候に調べさせると李自成は平陽に陣を構えているとゆう。
「逆賊は大敗の後なのに、兵を休めもしないで迎撃しようとゆう。これは采配の誤りだ。我等の勝ちぞ!敵は兵法を知らない。数十隊に分かれて総攻撃を掛けろ!」
たちまち各部隊に伝令が飛び、呉三桂軍は五千人づつ二十余隊に分かれ、各々別道を通って李自成軍へ攻撃を仕掛けた。
この時李自成軍は諸将を陜西・河南の各所へ分配していた。兵卒の数こそ多かったが、統制は取れていなかった。このままでは呉三桂軍に対抗することはできない。各部隊の間に伝令が飛び交い、まず陜が放棄され、河南へ集結した。その途中、退却する敵軍を呉三桂軍は各個撃破し首級数万を挙げた。
賊軍は河南へ集結している。その情報を得て、呉三桂軍は更に河南へ追撃を掛けた。
「賊軍は百万。凶悪揃いだ。今、我等は勝ちに乗って追撃を掛けている。賊を殲滅するのは正に今ぞ。もしも取り逃がして再起させたなら、皖・荊・襄一帯の住民達は皆殺しにされてしまうだろう。李闖を生け捕りしたら、篤い褒美を約束しよう。諸軍、この機会を逃すな!」
古来より、兵卒を奮起させるものは重賞である。号令を聞いて、兵卒達は勇み立った。彼等は、たちどころに李闖の本陣へ群がり寄った。李闖は泡を食って逃げ回った。この時になって李岩の献策を却下したことを後悔したが、もはや後の祭りだ。狼狽しきった彼は、最後に羅公山へ逃げ込んだ。